M&A前に企業価値を向上する「磨き上げ」とは?方法やポイント・注意点を解説

M&A前に企業価値を向上する「磨き上げ」とは?

 

M&Aで会社を売却する場合、あるいは親族内・外の後継者に事業を承継させる場合、その前にかならず売却(もしくは承継)が円滑に行われるように、経営や財務・組織などのさまざまな面から会社のガバナンスを再整備します。
これを「磨き上げ」といいます。

磨き上げをするかどうかによって財務諸表も影響を受けるため、M&Aの成約率や最終的な売買価格にも大きな影響を及ぼし、また磨き上げがしてあるかどうかで事業承継後の業務が円滑に進むかどうかも大きく変わってきます。

そこで本記事では、M&Aにおける磨き上げの大切さと、そのポイント及び注意すべき点についてじっくりと解説していきたいと思います。

企業価値の向上とは?

 

冒頭でお話ししたように、会社を売却、もしくは承継させる前に、売却(承継)後の会社の運営がスムーズに行われるために、会社のガバナンスを多面的に整備しておかなければなりません。

これを「磨き上げ」といいます。別の言い方をすれば、「磨き上げ」とは、M&Aを含む事業承継のための経営改善のことをいいます。

この磨き上げは、大企業も、もちろん行いますが、中小企業がM&Aをする場合は、かならず磨き上げをしておかなければなりません。

中小企業が磨き上げで企業価値を向上しなければならない理由

中小企業の株式は、多くの場合その大半を経営者が保有しています。
株式は経営者の資産であり、将来的には相続財産の対象となるため、中規模以上の中小企業の多くは、高額の生命保険に加入したり会社の事業に直接関係ない資産を購入することにより株式の評価額を低めにコントロールしています。

この方法は相続税対策としては有効なのですが、会社を売却(もしくは譲渡)してしまう場合は、相続税対策が財務状況を圧迫している可能性があるため、むしろマイナスの効果を及ぼしてしまう場合があります。

このような本業の業務拡大に直接関係のない資産が会社の財務を圧迫していると、会社を売却しにくくなるだけでなく、買い手にとっても買収後の足かせになりかねないからです。

また中小企業は、工場はもちろん総務も経理も人事も、あらゆるセクションが常時人手不足気味のため、書類の管理はもちろん、実際の業務フローなどにも改善すべき点が遺されています。
これらを放置したままM&Aを行ってしまうと、M&A後の引継ぎで混乱を起こしてしまいかねません。

このような理由により、中小企業がM&Aを行う場合には必ず事前に磨き上げを済ませておかなければならないのです。

「磨き上げ」により企業価値を向上すれば買収価格は必ず上がる?

磨き上げの本来の目的は会社の経営改善であり、改善後に会社を譲り受けた次の経営者が事業を行いやすくすることです。
したがって、磨き上げと買収価格の上昇は直接関係ありません。

しかし、M&Aの買収価格は売り手と買い手のニーズやマッチング、そして最終的には話し合いによって決定されます。
ですから当然、しっかりと磨き上げ、管理の行き届いた会社であれば買収価格が上がる可能性も高くなります。

「磨き上げ」による企業価値向上はいつ行うの?

磨き上げは、仲介会社にM&Aを依頼する前に行います。
なぜなら磨き上げには最低でも半年から1年程度の時間が必要となるため、仲介会社に依頼後に並行して行うことができないからです。

企業価値を向上するメリット4つ

では次に、磨き上げによって何が得られるのか、そのメリットについて考えてみましょう。

メリット① 会社全体のガバナンスが整備され経営が改善される

M&Aや事業承継前に磨き上げを行うことにより、会社のさまざまな部署で、これまで棚上げにされていたこと・してなかったことなどが整備され、会社全体の見通しが良くなります。
その結果、経営状態が大幅に改善されます。

メリット② 買収先企業との交渉が有利に働く

磨き上げを行うと、自社の強みと弱みが整理され、どの部分の市場競争力が高く、どの部分が問題なのかがはっきりと分かるようになります。
つまり、買い手に対してアピールポイントを明確にすることができるようになり、また自社の弱点を補うことができる買い手企業をこちらから探すことができるようになります。

このように、自社の本当の姿を的確に把握できるようになるため、買い手企業との交渉が有利に働くようになります。

メリット③ M&Aや事業承継を成功に導くことができる

売り手にとってM&Aの成功とは、自社を高く売ることだけではありません。
自社を売却後、買い手がより事業を拡大することであり、それをできるだけ滞りなく行えることです。

そしてもちろん、元従業員が今まで以上に生き生きと働くことができる場所を守ることでもあります。

磨き上げを行うことにより、これらを達成することが出来るようになります。

メリット④ 結果的に買収価格が高くなる

財務状況に問題がなく、
書類なども各種整備され全体的に管理が行き届いており、
経営状態も良好で、
自社の市場競争力が強いのはどの部分で、弱い部分はどうすれば改善できるのかを提案でき、
またM&Aについても協力的であれば、買い手にとってM&A後のシナジー効果が描きやすくなります。

そうなると、結果的に買収価格が上がる可能性が高くなります。

企業価値向上のため「磨き上げ」をする対象8つ

 

では次に、どのような部分を磨き上げていくのかを確認してみましょう。

①株式所有割合を磨き上げる

会社の売買は、最終的には発行済み株式を売買することによって行われます。
経営者が株式を100%所有しているのであれば何の問題もありませんが、株主が何人かに分散してしまっていると、M&Aに向けて意見を統一するのが難しくなる場合が考えられます。

そのため、株式が分散している場合は、磨き上げの過程でできるだけ株式を集め、場合によっては買い取るなどをしておかなければなりません。

②経営を磨き上げる

会社法に従い会社が運営されていることを示すため、企業運営に必要な書類を揃えておきます。

定款は必要に従い随時改定してあるかチェックし、株主総会や取締役会の議事録も毎期作成して揃えておかなければなりません。

また、中・長期的な事業計画書や経営計画書、資金繰り表などを作っておかなければ、自社の企業価値を買い手にアピールする根拠が乏しくなってしまいます。

これらの書類は最低限必ず作成しておかなければなりません。

③財務を磨き上げる

財務の磨き上げは、磨き上げの業務の中でもっとも大切な業務になります。
会計帳簿や決算書類などの保管はもちろんですが、会社の資産や負債を詳細に分析し、会社本来の事業に不要なものが混じっていないかをチェックしていきます。

実質的には社長の自宅や自動車が会社の資産に計上されている場合もありますし、株価を下げるためだけに必要以上に高額な保険積立金が資産計上されてる場合もあります。

また、帳簿価額と時価との乖離が激しいものがないのかをチェックすることも大切です。
含み益や含み損が大きい場合は資産の評価方法を変え、貸借対照表にできるだけ正しい数字を反映させるようにしなければなりません。

なお、こういった作業は専門性が高く、社内だけで行うのは難しいため、できるだけ税理士やアドバイザーなどの専門家と相談しながら進めていく方が良いでしょう。

④人事を磨き上げる

M&Aによって会社を譲り受けた企業は、譲渡企業と従業員との間でどのような雇用契約が結ばれていたのかを必ず確認します。
M&A後に譲受企業の労務管理がスムーズに行われるように、また従業員が安心して仕事を続けられるように、労務関係の書類はもちろん人事の査定基準や退職金制度などの内容が分かるものを整備しておきます。

⑤契約を磨き上げる

各種取引の契約書類が整っているのかをチェックしていきます。
リース物件や賃貸物件の契約書はもちろん、会社所有の不動産などの権利書や謄本なども揃えておきます。
また、法人成りする以前から契約している物件がある場合、経営者の個人名義で契約していることがあるため、その場合は法人名義で再契約するようにしておきます。

⑥取引先を磨き上げる

取引先との契約書や秘密保持契約書などを整備しておくとともに、「どのような特徴の仕入・外注先なのか」や、代替可能なのかなどを含めた取引先別のランク付けを行います。
こういった資料は譲受企業がM&A後に取引先の見直しを行う場合に参考となるため、磨き上げの時に作成しておきます。

⑦顧客を磨き上げる

顧客との契約書をそろえ、これまでの取引実績が分かる資料を顧客別に整備しておきます。
また、支払い状況を確認し、支払いの遅れている顧客には支払いを促し、値引きの多い顧客にはできるだけ請求通りの金額での入金してもらうように話し合いを行ないます。

継続的に仕事を依頼してくれる優良顧客がどれくらい多いかはM&Aでの譲渡価格に大きく影響するため、この部分の磨き上げはしっかりと行わなければなりません。

⑧見た目を磨き上げる

最後に、事務所内や工場内などを整理整頓し、常に清掃の行き届いた状態にしておきます。
整理整頓ができていなければ仕事にミスや無駄が多い印象を受けますし、清掃が行き届いていなければ、仕事そのものを雑に行っているように見られかねません。

M&Aでの売却価格には、企業が持つノウハウや技術などの目に見えないものが「のれん代」として計上されます。
もし整理整頓や清掃などが行き届いていなければ、こういった目に見えない技術の集積が低く見積もられてしまうこともありますから、必ずチェックしておきましょう。

また、ウェブサイトの更新が止まっていないか、会社のパンフレットが古すぎないか、従業員の制服が古いものを使いまわしていないかなど、細かいところにも目を配らせておきましょう。

このように、契約書類からコンプライアンス、顧客や取引先の管理から会社そのものの外見まで、さまざまな角度から会社を磨き上げ、問題や課題を一つ一つ解決していきます。

このような作業を最低半年から1年間ほど行い、ひと通りの磨き上げが完了したことを確認してからM&Aの準備を開始します。

企業価値向上におけるポイント・留意点

 

最後に、磨き上げのポイントや留意する点についてまとめてみます。

形だけの磨き上げにしない

磨き上げというと、ついつい契約書類や財務書類をまとめることに終始してしまいがちですが、それでは形を整えているだけにすぎず、本質的な磨き上げにはなりません。

磨き上げをしていく過程で自社の「強み」と「弱み」を明確にし、市場のシェアを増やすためにどの部門に力を入れ、どの部門を改善するのかを確認できるようでなければなりません。

確かに形式的な面も磨き上げには必要ですが、本質からずれないように気を付けましょう。

各部署のガバナンスを強化し、人事面での整備をすすめる

社内の各部署の問題点を整備し、これまで経営者の目が届かなかった場所や気が付かなかった問題点を改善し、企業全体のガバナンスを強化します。
また同時に、人事や査定制度を整備し、従業員が力を発揮しやすい制度へと変えていきます。

従業員の数や事業部門が増えていくと、どうしても経営者の目が行き届かない場所が出てきてしまいます。
磨き上げを機にそれらをすべてチェックし、経営者にとって見通しの良い会社へと作り変えていきましょう。

また、中小企業の人事や査定制度は、いわゆる「どんぶり勘定」の企業が多く、それが従業員のやる気や技術の習得、定着率を阻害していることが多々あります。
M&Aの譲受企業にとって、従業員は会社の収益を上げる源泉です。
従業員のやる気があふれる企業でなければ、譲受後の運営に不安を感じてしまいます。

積極的に専門家の意見を取り入れる

多くの経営者にとって、M&Aを前提とした磨き上げは初めての経験のはずです。
「これで良いのか?」「磨き上げはしっかりとできているのか?」と不安に感じることがあったとしても、答え合わせをすることはできません。

M&Aのアドバイザーなどの専門家は、このような経験を数多くこなしているため、どうすれば成功し、どうすれば失敗するのかを熟知しています。

少しでも不安に思われる方は、できるだけ早い時点で専門家に相談しながら進めていく方が良いでしょう。

企業価値を向上する「磨き上げ」・まとめ

 

M&Aの磨き上げは、できれば1年程度の時間をかけ、じっくりと社内の隅々までチェックしおくことが理想的です。磨き上げをしっかりと行えば、売り手にとっても買い手にとっても、そしてそこで働く従業員にとっても最善のM&Aになる可能性が高くなります。

また、磨き上げをしっかりと行うと譲渡価格が高くなることもあるため、できるだけ早い段階から積極的に専門家のアドバイスを取り入れ、多角的に行うのが良いでしょう。

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