事業承継で手続きを進めようとするとき、経営者が金融機関や取引先に対して会社債務の個人保証をしているケースが多々あります。
通常取引では信用補完機能としてうまく作用しているこの個人保証が、親族内承継やM&Aを通じて会社や事業を承継するときには大きなネックになってしまいます。
この記事では、事業承継時、経営者の個人保証をどう適切に処理するか、その対策に有効な「経営者保証に関するガイドライン」を絡めて詳しく解説します。
事業承継時に個人保証はどうなるのか?
まずは、事業譲渡時に経営者に個人保証が残っているとどんな影響があるかについて、詳しく説明します。
個人保証とは?
個人保証とは、たとえば会社が銀行からお金を借りるとき、融資の条件として経営者(代表者)に求められる要件のひとつです。
会社が銀行からお金を借りると、経営者は会社の融資に対する連帯保証人になることを求められ、いったん個人保証すると、もし会社が融資の返済ができなくなった場合、その返済義務を経営者が個人の資産を売ってでも履行しなければなりません。
さらに保証人の種類には連帯保証人より返済義務が軽い第三者保証もありますが、経営者の場合には連帯保証人を求められることが多く、返済義務に関しては会社と同順位になることからその責任は重いと言わざるを得ません。
また経営者が連帯保証人になるときには、個人の不動産を物的担保として差し出すことも多く、会社が倒産して返済義務を履行しなければならないときには、銀行にその不動産も競売に掛けられて失うリスクも負っています。
それだけに個人保証というのは、承諾者にとって大変責任を伴う重い行為だと考えて下さい。
なお個人保証には、銀行融資だけでなく色々な保証形態があり、取引先の基本契約書に対する個人保証、会社の子会社債務に対する個人保証、リース契約の個人保証、賃貸借契約の個人保証など様々あります。
事業承継時には個人保証の存在が手続きの大きなネックになる
一方親族内承継やM&A等で会社を事業承継するとき、経営者に個人保証があると、その存在が手続き上の大きなネックになってきます。
たとえばM&Aで会社を買い手に引き取ってもらうとき、事業に関する資産を譲るとともに借入金含む債務も引き取ってもらうことが一般的です。
一方で債務は売り手経営者が個人保証していることも多く、引継ぎ前に個人保証を外しておかないと事業承継がうまく進まなくなるリスクがあります。
なぜなら個人保証を外さず事業譲渡すると、買い手が会社を買った後に旧会社の債務者から請求を受けるリスクがあるからです。
さらに売り手経営者も個人保証が外せないと生涯引退できないリスクもあります。
それだけにM&Aで会社を譲渡する際には、買い手が売り手経営者に対して、事前に個人保証を外しておくことを購入の条件とすることがよくあるのです。
また親族内承継で現経営者が後継者に会社を譲ろうとしても、個人保証を残したままだと、後継者がその保証の引継ぎを嫌がって事業承継がうまくいかない場合もあります。
このように個人保証というのは、事業承継の形に関係なく、手続きで大きな障害になる場合が多いのです。
事業譲渡時、個人保証に対する対策4つ
考えられる対策を4つ紹介します。
①事業譲渡前に売り手経営者が個人保証を外しておく
事業譲渡前、売り手経営者が個人保証を外しておけば事業承継はうまく進められます。
個人保証を外す方法としては、たとえば借入金を会社の資金で返済しておく、会社の資金が不足しているなら経営者の個人資金で会社に貸付けその資金で返済するなどがあります。
また金融機関に差し出している担保を売却してその資金で債務を返済することでも個人保証は外せます。
②事業譲渡時、買い手経営者に個人保証を引継いでもらう
事業譲渡時に買い手経営者に個人保証を引継いでもらうことで事業承継の手続きを進めることも可能です。
融資を例に挙げれば、そもそも金融機関は売り手の信用をベースに融資に応じているので、買い手に頼まれたからと言って易々とその要求に応じる義務もありません。
しかし両経営者が帯同で金融機関を訪問して一定の条件を提示することで、金融機関が納得すれば個人保証の変更に応じてくれる可能性はあります。
その条件のひとつが、売り手に代わり買い手経営者が個人保証をそのまま引継ぐケースです。
そして金融機関が買い手を信用調査して問題ないと判断すれば個人保証の変更に応じてくれます。
また売り手が金融機関に対して担保を差し入れている場合でも、買い手が同程度の資産評価できる担保物権を出せるなら担保の変更も可能です。
③親族内承継の場合、個人保証している先と交渉して個人保証を外してもらう、または条件を緩和してもらう
親族内承継の場合、経営者が個人保証していることで後継者が事業承継することに難色を示すことがあるのは説明済みですが、金融機関を含む取引先と交渉して、個人保証を外してもらう、または条件を緩和してもらうことで対策は可能です。
経営者が後継者に個人保証が付いたまま事業を承継しようとするとき、後継者がまだ経営者となる自覚ができていなかったり、その債務の大きさに戸惑っていたりしたときには、個人保証を引き受けることを嫌がり事業承継がうまく進まないことが多いです。
でも取引相手と交渉して個人保証を外すことや条件緩和に応じてもらえれば承継のハードルも下げることができます。
たとえば事業承継に係る経営者ガイドライン(後の章で詳しく解説)を活用して、金融機関に「会社の旧債務は前経営者が個人保証」「新しく発生する会社債務は後継者が個人保証」というような形に変更してもらうことも可能です。
そうすれば後継者も承継のハードルが下がり、会社引継ぎに積極的に取り組めるようになります。
④事業承継と同時に買い手が銀行に債務を返済する
個人保証を外す方法の4番目は、事業承継と同時に買い手が銀行に借入金を返済するという方法です。
金融機関も融資が返済されてしまえば、相手からの個人保証を外すという要求も拒めなくなるので問題なく個人保証を外せます。
債務を残したまま、事業譲渡時、売り手買い手の間で個人保証の変更手続きをするより、譲渡と同時に債務を金融機関に返済する方が手続き的にはかなり簡単です。
M&Aで事業譲渡時、個人保証を変更する際の注意点3つ
M&Aで事業譲渡時、売り手から買い手へ個人保証を変更する際の注意点は3点あります。
①個人保証変更のタイミング
売り手から買い手経営者へ個人保証を変更するとき、変更手続きするタイミングは必ず資金決済が終了したクロージングの後で行って下さい。
具体的には、代表者の変更登記が済み、新しい登記簿謄本(全部事項証明書)が法務局で取得できるようになった後です。
その後で保証人変更手続きや、さらに担保の抵当権変更手続きもあれば一緒に行って下さい。
②債権者への事前合意の徹底
売り手から買い手経営者へ個人保証を変更することについては、必ず両経営者が帯同で債権者先を訪問して、債権者の事前合意を取り付けておいて下さい。
絶対に旧経営者単独で交渉したり、M&Aエージェントに任せっきりにしたりしないことが肝心です。
中途半端な内容で合意していると、あとで話が違うと言うことにもなり、事業譲渡が頓挫してしまうことにもなりかねません。
③契約書に合意内容の記載
売り手買い手で譲渡契約書を締結する際にも、個人保証の取扱いについて合意内容に基づきしっかり記載しておいて下さい。
両者の口約束だけだと後で思いもよらぬことが落ちがちです。
買い手に「個人保証の付け替え手続きに必ず協力する」旨、きちんと契約書に盛り込んでもらっていると、売り手も安心してその後の手続きを進めることができます。
事業承継に係る経営者保証のガイドラインとは?
ここからは、このガイドラインのメリットや活用方法について詳しく説明します。
国(中小企業庁)は、ガイドラインを設定することで、融資を受けるときや事業承継の手続きで弊害となっている個人保証をできるだけなくそうとしています。
経営者保証ガイドラインが作られた目的
経済産業省の外局である中小企業庁の指導のもと、2014年2月に経営者保証ガイドラインが施行されました。
ガイドラインを活用すれば、経営者が個人保証を外したり、個人保証なしで融資が借りられたりできるので、中小企業は個人保証を気にせず積極的に事業展開できたり、融資が借りやすくなって資金繰りが安定します。
またガイドラインは、経営者の連帯保証人に関する取扱いだけでなく、第三者保証人についてもできるだけ経営者同様の取扱いをするよう、金融機関に求めています。
さらにこのガイドラインは、事業承継のネックにもなっている個人保証にも適用できるので、事業承継をスムーズに行うときの解決策にもなるのです。
「事業承継時の経営者保証」解除に向けた総合的な対策
政府系金融機関、信用保証協会、そして民間金融機関を通じて「経営者保証ガイドライン」の定着化を進める中、2019年12月には中小企業庁より、事業承継に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドラインの特則」が公表されました。
特則の具体的内容については以下の通りです。
- 事業承継時、新旧経営者から個人保証の原則、二重徴求禁止
(例外的に二重徴求が許されるケースを4種の取引に限定) - 後継者の経営者保証は、事業承継の阻害要因となることを考慮して金融機関は慎重に判断すること
- 前経営者の個人保証も、令和2年からの民法改正で第三者保証の利用が制限されることを踏まえ、特に会社の経営権・支配権を有しない前経営者では慎重に検討すること
- 併せて金融機関の経営者保証なし融資の実績(KPI)の公表を義務化
(上記の特則の運用は2020年4月より開始する)
なお、金融機関の経営者保証なし融資について、政府系金融機関はすでに2018年度分より実施済みで、銀行等の民間金融機関は2019年下期より開始しています。
この施策は、経営者の個人保証が事業承継時、後継者確保の障害となっていることを踏まえ、金融機関・中小企業者双方の取り組みをさらに促すため、総合的対策の一環として開始されたものです。
また、そのほかにも、以下のような施策が同時取り組みされています。
- 商工中金は新規融資を一定の条件を満たす企業に対して「原則、無保証化」
(2020年1月開始) - 経営者保証を不要とする新たな信用保証制度の創設(事業承継特別保証制度)
(2020年4月開始) - 経営者保証解除に向けた専門家による支援
(2020年4月開始)
などです。
参照先:中小企業庁https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/index.htm
経営者保証に関するガイドラインの活用実績
では具体的に経営者保証に関するガイドラインはどのように活用されているのでしょうか?
公表されているデータからその活用実績を見ていきましょう。
参考にするのは中小企業庁が公表している「政府系金融機関及び信用保証協会でのガイドライン活用実績」です。
公表データによると、平成26年度~令和元年度の間に政府系金融機関が取り組みした「新規融資に占める経営者保証に依存しない融資割合」は、件数で19%→39%、金額で22%→55%と確実に増えています。
また信用保証協会の保証実績でも、代表者の交代時における対応として、旧債務があっても旧経営者の保証対応を求めなかったり、新経営者(後継者)に新たに保証契約を求めなかったりした事例が顕著に増加していることが分かります。
データを見る限り、経営者保証に関するガイドラインは、政府系機関を中心に着実に定着化していますが、一方で民間金融機関はまだまだ定着化しているとは言えない状況です。
参照先:中小企業庁 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/200630keiei.html
どのような場合に個人保証が解除できる可能性があるのか?
ではどのようなときに個人保証が解除できるのでしょうか。
あるいは新規融資時、無保証で融資が受けられるのはどのような場合でしょうか。
これらの条件を見ていくことにしましょう。
どんな条件が整えば金融機関は個人保証の解除に応じてくれる?
経営者保証のガイドラインでは、金融機関が個人保証の解除に応じてくれる債務者が満たすべき3つの条件を定めています。
それは以下の3つです。
- 法人と経営者個人の資産及び経理の明確な区分
→要するに会社と経営者の財布がどれだけ明確に分けられているかということです。 - 法人単体での十分な債務返済能力
→会社単独で全ての債務が返済できる状態かどうか問われています。 - 適時適切な情報開示
→金融機関から、会社の資産負債状況、事業計画やその見通し、進捗状況などについて確認されたら、適宜適切に情報開示できるかどうかを問われています。
要するに会社として透明性を確保できているかどうか、確認されます。
以上3つの条件を債務者が満たすことができれば、金融機関としてもガイドラインに沿い、債務者からの要求に応じて、できるだけ個人保証の解除に応じなければなりません。
金融機関の解除事例
では最後にガイドラインに沿って、どのようなケースで金融機関が個人保証の解除に応じてきたか、実例を見ていくことにしましょう。
参考にするのは以下の公式サイトです。
参照先:金融庁「経営者保証に関するガイドライン」の活用に係る参考事例集
この事例集は、実際に各金融機関から金融庁に向けて提出された資料から作成されているので、金融機関の個人保証の解除に係る実際の取り組み事例として大いに参考になります。
実際に報告されている解除事例を一部紹介します。
- 事業承継に際して旧経営者の個人保証を外した事例
- 経営者の交替に際して、前経営者の保証を解除して、新経営者から保証を求めなかった事例
- ガイドラインの要件の一部を満たしていないが、事業承継時に新旧経営者から個人保証を求めなかった事例
- 事業承継に際して、融資金利の上乗せをする一方、新旧経営者から個人保証を求めなかった事例
これらの事例以外にも様々な解除事例が金融機関から報告されています。
興味のある方はぜひ詳しくご覧になって下さい。
まとめ
事業譲渡時、経営者の個人保証の処理方法について、「経営者保証に関するガイドライン」や「経営者保証に関するガイドラインの特則」も踏まえて、その対処方法を詳しく解説しました。
事業承継しようとする中小企業者の置かれている立場は様々なため、個人保証の取扱いに関して、これといった決まった対処方法はありません。
あくまで個別案件的に、当事者は各債権者と向き合って折り合いを付けつつ、個人保証を外すための交渉を粘り強く進めていく必要があります。
一方で国が「事業承継に係る経営者保証ガイドラインの特則」も定めてくれているので、当事者としてこの特則も積極的に活用して事態の解決を図っていくべきでしょう。
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