経営者の方であれば、つねに自社の「今後の戦略」を構想していると思われますが、「なかなか考えがまとまらない」ということも多いのではないでしょうか。
そんなときに利用してほしいツールが、内閣府が利用を推奨する「経営デザインシート」です。
この記事では、「経営デザインシート」を作成するメリットや作成ポイント、記入例までご紹介します。
「自社の強みや向かうべき方向、とるべき戦略などを明確にしたい」という経営者の方は、ぜひご覧ください。
経営デザインシートとは?基本情報を解説
まずは、経営デザインシートとはどういったものか、基本情報を解説します。
経営デザインシートとは?
経営デザインシートとは、環境変化に耐え抜き持続的成長を実現するために、自社や事業の「これまで」を把握し、在りたい姿・今から何をすべきかといった戦略を策定する際に使用できる、「思考を助けるデザインツール」です。
2018年5月に内閣府が公表して作成を推奨。
首相官邸 公式サイトの資料では、経営デザインシートを次のように定義しています。
• 経営デザインシートは、
首相官邸 公式サイトより
(A)社会、市場へ伝えたい自社/事業の想い・イメージを明確化し、
(B)「これまで」の価値を生み出すしくみを把握し、
(C)「これから」の価値を生み出すしくみを構想し、
(D)今から何をすべきかを策定
するための思考補助・デザインツール
下図が経営デザインシートで、このシートに記入しながら考察することで、「自社が今すべきこと」が見えてきます。
2021年11月に公募が開始された「ものづくり補助金」9次締切 公募要領でも、「事業計画の作成に際し、必要に応じてご活用ください」と利用を勧めています。
またデザインシートには、次のようにさまざまな雛形が準備されています。
- 全社シート(複数事業会社等向け):各事業間の関係・シナジー等を含む、企業等全体の将来構想に使用
- 事業シート(複数事業会社等向け):企業等における特定事業の将来構想に使用
- 事業が一つの企業用シート(単一事業会社等向け):単一事業を営んでいる企業等の将来構想に使用
- 作成補助シート1:企業等全体の戦略構築に使用
- 作成補助シート2:企業等全体の資源の整理に使用
- 作成補助シート3:SWOT分析に使用
- 作成補助シート4:知財の活用に使用
- 経営デザインシート(簡易版):シンプルなシートでの将来構想に使用
なお、令和元年(2019年)12月には、シートの利便性向上のために「経営デザインシートリデザインコンペティション」が開催され、こちらのデザインが内閣府特命担当大臣賞に選ばれました。
経営デザインシートの特徴
経営デザインシートには、次のような特徴があります。
- 1枚で全体を俯瞰できる
- 時間軸を意識できる(「これまで」と「これから」)
- 想いを記載できる(「自社の目的・特徴」、「事業概要」、「価値」など)
- 欄が限られているので、大切なことしか書けない(大切な部分を明確にできる)
- 「資源」と「ビジネスモデル」と「価値」の関係性を意識しやすい
経営デザインシートを作成すべき理由
20世紀は「良いものを作れば売れる」時代でしたが、冷戦崩壊をキッカケに供給力過多となり、現在は「新技術・新製品でも選ばれないと売れない」時代です。
商品を売るためには、顧客の求める価値を提供できる「価値を生み出すしくみ」を描くことが必要に。
経営デザインシートを作成すれば、これまでの「価値を生み出すしくみ」を把握し、これからの「価値を生み出すしくみ」まで描くことが可能となります。
経営デザインシートを作成するメリット
次に、経営デザインシートを作成するメリットをご紹介します。
[メリット①]経営課題を特定し新事業の構想につなげられる
経営デザインシートを作成するメリットの1つめは、経営課題を特定し新事業の構想につなげられる点です。
たとえば、経営層と社員が共同で経営デザインシートを作成していくことで、自社の経営課題に気づき、整理することが可能に。
各事業のビジネスモデルのデザインや見直しも進みます。
さらに考察が進めば、新事業の構想ができ、新事業を立ち上げるうえで必要な関係者とのベクトル合わせも行えます。
[メリット②]他者との連携が促進される
経営デザインシートを作成する2つめのメリットは、他者との連携が促進される点です。
経営デザインシートは、企業経営における「対話」のツールでもあります。
自社内で、社員とともに作成すれば「社内の意識合わせ」が可能に。
社外の企業支援者とともに作成すれば、「経営助言」といった作成支援を受けることができます。
このように、自社や事業の目指す方向性が視覚化されて、ビジョンやコンセプトを関係者と共有可能です。
社内外との対話のきっかけになり、コミュニケーションツールとしても活用できます。
[メリット③]事業承継がスムーズに
経営デザインシートを作成するメリットの3つめは、事業承継がスムーズに行える点です。
たとえば、現経営者が「これまで」を、後継者候補が「これから」を記載すれば、対話のきっかけとなり想いが共有されます。
また、現経営者が「これまで」と「これから」を記載していくことで、事業承継の必要性に気づくきっかけにも。
結果的に、企業支援者が適切な承継先の検討を促すことも容易になります。
経営デザインシート作成のポイントと手順
次に、経営デザインシート作成のポイントと手順のご紹介です。
経営デザインシート作成のポイント
経営デザインシートを作成するときのポイントは、次のとおりです。
- 書けるところから記載する
- シートを埋めること自体が目的でなく、「これから」を構想し、実現するために書く
- 「これから」の構想をしながら対話する(構想を「見える化」のみならず「磨き上げ」まで行う)
- 「財務的に実現可能なもの」に配慮しつつも、「財務的な裏付け」にこだわりすぎない
- 外部に開示する際には、表現ぶりや公表の範囲に注意する
また経営デザインシートは、「誰が・誰と・どのように」作成するかは自由。
- 誰が
• 経営者が
• 後継者が
• 事業担当者が - 誰と
• 一人きりで
• 幹部候補と
• 若手社員と
• 支援者と - どのように
• 考えを紙に書き出して
• ディスカッション形式で
• ワークショップ形式で
• 対話形式で など
さまざまなシーンで活用できることも、経営デザインシートの特徴。
もし一人で作成していて迷うようなら、社内外問わず誰かと対話しながら作成しましょう。
新たな気づきを得ることができるはずです。
もうひとつのポイント「バックキャスティング」とは?
経営デザインシート作成には、もうひとつ「バックキャスティング(backcasting)で作成する」というポイントがあります。
「バックキャスティング」とは、「こうありたい」という未来の姿を先に描き、そこから逆算して「今何をすべきか」といった戦略を練る考え方です。
「バックキャスティング」の逆が「フォアキャスティング(forecasting)」で、こちらは現状をもとに改善すべき点を考える方法。
「フォアキャスティング」ではこれまでの延長線上で考えるため、斬新なアイデアが出にくいという特徴があります。
一方「バックキャスティング」では、目標となる未来の姿から考えるため、現状にとらわれない自由なアイデアが出やすくなります。
経営デザインシート作成の手順
次に、下図の(A)~(D)のパートごとに、経営デザインシート作成の手順をご紹介します。
(A)社会、市場へ伝えたい自社・事業の想いイメージ
まず(A)のパートでは「自社らしさ」をふりかえり、社会、市場へ伝えたいイメージを再考してください。
同業他社とは異なる、自社ならではのこだわりや想いを書き出します。
各項目を考えるために役立つ質問集はこちらです。
- 「自社の目的・想い」
Q1:企業理念や重視する価値観・ありたい姿、自社が解決しようとする社会的課題、企業文化・企業風土、キャッチフレーズなどのうち、社内でもっとも発信され、浸透しているものは何か?
Q2:競合他社とは異なるこだわりや想い、行動原理は何か?
Q3:創業者はなぜ、この事業をはじめたのか? - 「経営方針」
Q1:直近数年後の経営計画はどんな内容か?
Q2:経営計画は何年後に、どんな姿の実現を目指すものか?
(B)これまでの価値を生み出す仕組み
次に、自社の歩みをふりかえり、「これまで」をとらえなおします。
各項目を考えるために役立つ質問集はこちらです。
下記①~⑤の順番、または①⇒③⇒②⇒④⇒⑤の順だと考えやすくなります。
- 「資源」
Q1:自社の事業の持続で、必要不可欠な資源は何か?
Q2:他社にはない、自社ならではの無形資産は何か?
Q3:ノウハウが強みである場合、そのノウハウはどう蓄積されて今も残っているのか? - 「ビジネスモデル」
Q1:資源をどう組み合わせたことが、事業成長に役立っているか?
Q2:顧客へのアクセス方法には工夫があるか?
Q3:パートナーの協力に工夫があるか?
Q4:収益を得るお金の流れ方に工夫があるか? - 「価値」
Q1:どんな顧客が、製品やサービスを選んでくれているか?
Q2:なぜ他社ではなく、自社を選んでくれているか?
Q3:自社の製品・サービスで、顧客はどんな喜びを得られているか?顧客にとってのメリットは?
Q4:顧客から感謝されているのは、どんなときか?
Q5:顧客から何を得られるから、自社はこの事業を継続しているのか? - 「外部環境」
Q1:最近の一般的な世の中の流れはどんなものか?
Q2:そのうち、自社・事業に関連する流れは何か?
Q3:それは自社・事業にとってチャンスか、リスクか? - 「課題(弱み)」
Q1:自社には、どんな点に課題があるか?
Q2:現在、解決に向けて取り組んでいる課題は何か?
Q3:何をすれば、何があれば、より会社が成長できそうか?
Q4:何をすれば、何があれば、より事業が成長できそうか?
(C)これからの価値を生み出すしくみ
次に、将来を構想するステップとして「これから」を描きます。
「(C)これから」作成のポイントは、「価値」→「ビジネスモデル」→「資源」の順に考えること。
この順番で考えることで「現状にとらわれない」発想が可能となります。
また、前項「(B)これまで」との違いを意識して記載していきましょう。
各項目を考えるために役立つ質問集はこちらです。
- 「価値」
Q1:自社は、そのなかでどんな相手に、何を提案するのか?
Q2:それによって、どんな結果やインパクトを社会や顧客にもたらしたいか?
Q3:継続的に価値を提供するために、また商品・サービスの質を向上させるために、顧客から得られるものは何か? - 「ビジネスモデル」
Q1:これからの価値を提供するために、自社の商品・サービスはどうあるべきか?
Q2:これからの価値を提供するために、誰と組む必要があるか?
Q3:これからの価値を提供するために、顧客に対し、どういったアクセスをする必要があるか? - 「資源」
Q1:これからのビジネスモデルで、必要になるものは何か?
Q2:これからのビジネスモデルを他社と差異化させるために、必要な資源や知財は何か?
Q3:それらの資源を内部でつくり、強化できるか?または、外部から得なければならないか?
Q4:これまでの資源で、不要になる資源はないか?
なお「(C)これから」では、何を書くか迷うかもしれませんが、絶対的な正解があるわけではありません。
まずは「何をやりたいか」という想いを、率直に書いていきましょう。
(D)今から何をすべきか
最後に、将来構想を実現するステップとして「今から何をすべきか」を考えます。
各項目を考えるために役立つ質問集はこちらです。
- 「外部環境」
Q1:20XX年の未来の社会は、どのようになっているか?
Q2:20XX年の自社・事業に、大きく関連する世の中の流れは何か?
Q3:それは自社・事業にとってチャンスか、リスクか?
Q4:それは自社・事業における顧客に、どう影響するか?
Q5:それは自社・事業における競合に、どう影響するか? - 「移行のための課題」
Q1:「これからの価値を生み出すしくみ」を実現する際、困難となるポイントは何か?
Q2:困難の原因は何か?
Q3:その原因を解決するために、何をすることが必要か? - 「必要な資源」
Q1:これからのビジネスモデルを構築するために、何が必要か?
Q2:資源としては、何が必要か?
Q3:それらは量が必要か?質が必要か? - 「移行のための解決策」
Q1:何をどうしたら課題は解決するか?
Q2:必要な資源は、どこからどうやって得られるか?
Q3:資源を得るために、行う必要があることは何か?
経営デザインシートの記入例・作成事例を紹介
記事の最後に、経営デザインシートの記入例・作成事例をご紹介します。
作成時の参考にしてください。
[記入例①]株式会社リクルートホールディングス
経営デザインシートの記入例1つめは、株式会社リクルートホールディングスです。
上記シートは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)成功」に向けた分析。
リクルートのDXのポイントとして、まず右上の「経営方針」に、「企業存続に対する強い危機感のもと、グローバルIT企業にトランスフォーメーションする」という不退転の決意が見て取れます。
そして「(C)これから」の「価値」欄では、洗練されたUX(ユーザーエクスペリエンス)提供のため、ライフイベントにおけるタッチポイントを拡大し、データを活用する点を明記。
次に「(C)これから」の「ビジネスモデル」欄に、上記の「洗練されたUX」が活きる、個人ユーザーと企業クライアントの「出会い」を提供するビジネスモデルが記載されます。
結果として、「(C)これから」の「資源」欄にて、「これまでの内部資源」のほかに「グローバルに活躍するエンジニア」の貢献が明確になりました。
[記入例②]株式会社宮本工業所
工業炉・環境設備の開発・設計・施工などを行う宮本工業所では、「工業炉事業におけるこれからのビジネス」を具体化させるため、経営デザインシートを活用しました。
作成に携わったのは、経営層である工業炉部長および産業環境技術部長と、現場社員3名、人事部1名。
次のステップで作成を行い、特にステップ4をくり返すことで、内容をブラッシュアップしました。
- ディスカッションする
- メンバー各自でシート記載する
- 経営者が各メンバーが作成したシートを1枚にまとめる
- シート内容をさらにディスカッションする
メンバーは、経営デザインシートを活用した感想として「明確なゴール、明確な方策を導き出すことができた」と述べています。
まとめ:経営デザインシート活用で自社の価値創造を
この記事では、「経営デザインシート」を作成するメリットや作成ポイント、記入例までご紹介しました。
ぜひ記事を参考に、経営デザインシートを活用して、自社の価値創造につなげてください。
なお、当サイト「経営者コネクト」では、記事中にも登場した「ものづくり補助金」に応募したい経営者・担当者の方を応援したいと考え、無料相談を受け付けています。
実際に2020年に採択されたものづくり補助金の事業計画をもとにアドバイスいたします。
ご希望の方は、フォームからお申し込みをお願いいたします。
(「企業名」「ご連絡先」と「ものづくり補助金・無料相談希望」の旨を明記ください)