定年再雇用制度の概念
定年再雇用制度とは、文字通り「定年により雇用契約が終了した労働者が、同一の事業主との間で改めて雇用契約を結ぶ」制度です。
ところが実際の職場では、定年退職した方が間髪おかずそのまま継続勤務する場合が多いので、定年再雇用制度がどのようなものかを良く理解しないまま形式的に運用してしまいがちです。
しかし、これでは制度を上手く活用していくことは難しいと言わざるを得ません。
そこで本稿ではまず、定年再雇用制度そのものの理解を深めた上で、その進め方や活用の方法を考えていくこととしたいと思います。
高年齢者雇用安定法による規制
そもそも、定年とは「定年年齢に達したときに雇用契約を自動的に終了させる」契約上の仕組みを指し、この年齢に達して退職することを定年退職と呼んでいます。
この定年制については、日本ではこれまで慣習的に定年年齢を55歳とする企業が多かったのですが、現在では「高年齢者雇用安定法(以下、高年法)」により60歳を下回る定年が禁止されています。
また、退職や解雇に該当する事由がない限り、65歳までの雇用確保措置が義務付けられています。
背景には、公的年金の受給開始年齢が段階的に引き上げられ、60歳定年が時代に即さない状況になっていることが挙げられます。
つまり、公的年金の受給開始年齢が65歳からになる為、60歳定年後に再就職できない場合にそのままだと無収入の期間が発生する可能性があることから、法律によって65歳までの雇用を確保しているのです。
雇用確保措置の選択肢
高年法により、2006年4月1日から各企業に次の①~③のうちいずれかの実施が義務付けられています。
その後、更に見直しが行われ2013年4月1日からは、再雇用を希望する従業員全員について、65歳までの再雇用が企業に義務付けられることになりました。
- 定年を廃止する
- 定年を65歳まで引き上げる
- 定年後の継続雇用を制度導入する
この雇用確保措置の義務づけ③が、いわゆる定年再雇用制度の根幹部分にあたります。
義務づけ③には経過措置があり、高年法の見直し前(2013年3月31日以前)に従業員との間に労使協定を交わしていれば、この協定で定めた「能力・勤務態度等の条件(以下、再雇用基準)」を、公的年金の支給開始後に適用できました。
つまり、希望者全員が再雇用されるとは限らない仕組みになっていたのです。
経過措置は、当初は再雇用基準が60歳から適用され、順次1歳づつ引き上げられた結果、2020年現在は63歳から再雇用基準が適用可能となっています。
ただし、これは2025年3月31日で引き上げ完了となる為、以降はこのような再雇用基準が適用できなくなることに注意が必要です。
「70歳就業」に向けての動向
雇用確保措置に関しては、「65~70歳の就業機会の確保(以下、70歳就業)」の為の法改正が、2020年度通常国会において可決されました。
この法改正により、これまでの雇用確保措置①~③の内容(65歳までとしたものを70歳に読み替える)に加え、他の企業への再就職や個人としての起業支援などといった高年齢者の経験・特性に応じた柔軟な就業機会の確保を事業主に求めていくことが明らかになりました。
「70歳就業」は努力義務ですが、これまで雇用確保措置が義務化されてきた経緯を踏まえると、ゆくゆくは義務化されていくことが考えられます。
定年再雇用の進め方
雇用確保措置のうち、多くの企業で採用されているのが定年再雇用制度です。
定年再雇用制度は、典型的には、正社員として企業の定める定年年齢まで勤務して退職扱いとなった者と、それまでの雇用契約とは別の契約を結ぶ仕組みを指します。
企業では一般的に、就業規則として「再雇用規程」を定め、その内容を「再雇用契約書」に落とし込むことで定年再雇用制度を画一的に運用します。定年再雇用までの手続きの流れは、概ね次のようになります。
(1)定年2年前~6ヵ月前
再雇用の意思確認、所属長や人事担当者との面談
※定年再雇用後の給与原資の確保を目的として、定年前の給与減額を実施する場合がある
(2)定年2~1ヶ月前
再雇用契約書の締結、退職手続き説明(退職金に関する説明含む)
(3)定年退職の翌日以降
再雇用契約書に定める労働条件に基づき、就労開始
※以降は、1年ごとに契約更新の手続きをとる場合が多い
定年再雇用制度の問題点
定年再雇用後の労働条件の設定は、必ずしも労働者の希望通りである必要はなく、企業の実情などを踏まえてその内容を決定することができます。
企業にとっては、65歳までの雇用確保の為に人件費抑制の必要があることから、定年退職前の労働条件を清算し、給与の額や支給形態、賞与の有無などの待遇面を中心として、労働条件をそれまでより低くすることが一般的となっています。
一方で労働者にとっては、直接的な収入低下や、仕事内容と待遇の不均衡などの問題と映ります。
この問題が企業と従業員の間で十分に共有され折り合いがつけられなければ、最悪の場合、法廷にまで及ぶ労働紛争となりかねない為、企業側で十分に配慮しておく必要があります。
高年齢者に対する国の雇用継続施策
雇用保険では、60歳以降の雇用(定年再雇用に限られない)における給与の減少を補う為に、「高年齢者雇用継続給付金」という制度を設けています。
これは、60歳以上の雇用保険の被保険者で、かつ、それまでの被保険者期間が5年以上ある労働者の“現在の”給与が、“60歳時点の”給与の75%を下回る場合に、75%となるまでの差額(最大15%相当分)を給付金として労働者本人に支給するものです。
企業側では、このような給付金の計算方法を給与減額の許容上限と捉え、これに給付金による補填を加味して、定年再雇用後の給与条件を「定年前の60~75%」の範囲で設定することが一般的に浸透しているといえます。
ただし、前述の「70歳就業に関する法改正」に連動する形で、2025年4月1日以降は給付金の支給率上限が15%から10%に引下げられ、以降は段階的に縮小していくことが既に決まっているので、定年再雇用後の労働条件設定を一から見直す必要があります。
不合理な待遇の禁止と説明義務
定年再雇用後制度では、再雇用契約を65歳まで1年ごとに更新していく有期労働契約が一般的です。
この場合、パート・有期労働法8条(不合理な待遇の禁止)、14条(待遇に関する労働者への説明義務)への対応が求められます。
不合理な待遇の禁止とは、一言でいえば「有期労働契約になったというだけで、職務の内容が変わらないのに待遇が引き下げられることは不合理であり、法律上認められない」ということです。
また、待遇に関する労働者への説明義務とは、「定年再雇用の労働者が、ある労働条件について不合理な内容ではないか?と問い合わせてきたら、誠実に説明を行わなければならない」ということです。
高年齢労働者の仕事内容については、実質的に定年前と全く同じ仕事をしてもらっているにも関わらず待遇が引き下げられているというケースが非常に多く、労働紛争が頻発しています。
企業に課せられている法的義務であることを踏まえ、まずは仕事内容と待遇の均衡を図ること、そして、どのように均衡を図ったのかを労働者にきちんと説明できる状態を作ることが企業の喫緊の課題となっています。
中小企業がシニア人材を活用するメリット
就業人口の減少に伴い、深刻な人材不足に悩む中小企業が多い中、今後の人材確保や企業の成長を見据えていく中で、シニア人材の採用と活用へとシフトする転換期がきています。
シニア人材とは、本来的にはいわゆる団塊世代に該当し、前述の「70歳就業」に繋がる65歳以上の定年退職者を指しますが、ここでは、労働者としての特性が近い60歳以上の定年再雇用者も広い意味で含めて考えることとします。
労働市場ニーズはまだまだ若手人材に集まる傾向が強いですが、若手人材の割合は既に大幅な減少傾向にあり、労働市場の構造が変化する中でシニア人材の採用と活用が重要なキーとなります。
シニア人材の採用や活用という概念はまだまだ未開拓の部分が多く、現状では若手人材の採用に比べて競争倍率が低いのため、意欲のある経験豊富な人材を確保する有効な手段です。
早い段階からシニア人材の受け入れ体制を整えておくことで、人材確保や企業の成長を図ることを可能にするといえるでしょう。
以下では、シニア人材の豊富な経験を活かし期待される活躍と注意点についてみていきたいと思います。
経験や技術力の確保
中小企業は、少数の人材で効率よく成果を挙げるビジネスモデルである点に魅力がありますが、従業員一人一人のマンパワーによるところが大きい為、有為な人材確保は大企業以上にシビアな問題といえます。
そこで、シニア人材を採用することで、即戦力として豊富な経験や技術力を確保することができます。
また、シニア人材のもつ経験や技術を社内に広げ、それまでなかったような大幅な業務効率化を図るなど、事業発展に貢献してもらうことも期待されます。
ただし、社内でその能力を発揮してもらうため職場サポートを怠らないよう注意しなければなりません。
組織が的閉鎖的で、いわゆる同調圧力が存在する職場環境の場合、いかにシニア人材の能力が高くてもそれを理解して受け入れてもらえず、既存の従業員・シニア人材ともモチベーションを下げてしまい却って業務効率を損なう恐れがあります。
また、別視点から特に注意が必要なこととして、老化による肉体的な衰えから労働災害に遭遇する確率が非常に高いことが挙げられます。
このほか持病など体調面での不安を抱えているケースもありますので、社内の安全衛生委員会の活動により職場環境の改善を実施したり、保健師による生活指導などで本人の生活改善や不安を取り除く等の対策を検討しておきましょう。
若手人材の育成
中小企業は人材リソースの制約が大きく、組織内に若手・中堅・ベテランといった年齢層がバランスよく分布し技術や知識を継承していける状態にないことが問題になりやすいといえます。
このため、シニア人材の持つ技術や知識は若手・中堅にとってよい刺激となるでしょう。
また、シニア人材には後輩や若手の育成経験をお持ちの方も多く、組織にとり、新たな知見を教え導く存在としての活躍が期待されます。
ただし、豊富な人生経験を持つシニア人材といえど、年齢の離れた従業員との人間関係には不安を感じるものです。
例えば、若手ばかりの職場にいきなりシニア人材を入れても、世代間ギャップからなじむことができずに離職してしまう可能性があります。
シニア人材を採用する場合は、なるべくシニア人材に「壁を感じさせない」ような組織づくりをすることが大切です。
場合によっては、業務の役割分業化を図ることで、既存の従業員とシニア人材との適切な距離感をつくるのも有効な施策といえるでしょう。
組織の多様化
中小企業では個々の従業員に目が届く分、それぞれの事情にあわせた柔軟な働き方を取り入れやすい、という強みがあります。
シニア人材は自身の体力に不安を抱えているケースだけでなく、介護の必要な家族を抱えて、フルタイム勤務が難しいことが考えられます。
シニア人材に長期にわたって活躍してもらう為にも、時短勤務やフレックスタイムなど勤務体制を柔軟に対応することを検討しましょう。
ただし、シニア人材への個別対応とすることは避けるべきです。
個々の事情により働きづらさを感じるのはシニア人材に限られたことではありません。
そのような中で個別対応をとることは組織内に不公平感を生み出す原因になります。
シニア人材の採用や活用を、企業全体の働きやすさ向上へ繋げる機会と捉え、社内の共通ルールとして仕組みづくりをすると良いでしょう。
また、せっかく仕組み作りをしても、組織風土が新しい働き方に対して抵抗感を持つようでは施策が浸透せず、旧態依然とした働きにくい環境になりかねません。
このような場合は既存の従業員に対して、新しい働き方を推進するという強いトップメッセージの発信や、ダイバーシティに関する教育などの対策を行うことで、新しい働き方への理解や納得を広げて組織風土を変えていくことが有効と考えられます。