自動車整備業の将来予測とM&Aを活用するためのポイントについて

地球温暖化防止に向けた環境意識の高まりは全世界に広がり、2017年6月、「パリ協定」によって世界規模での温室効果ガス削減に向けた新たな枠組みが定められました。

その結果、EUは2035年以降ハイブリッドを含むエンジン搭載型ガソリン車の新車販売を禁止する案を発表し、それに呼応する形でメルセデスベンツは2030年から製造する全ての自動車をEVにすることを発表し、話題を呼びました。

この流れには他の欧州自動車メーカーも同調しており、スウェーデンのボルボ社も2030年から全車EV化をすでに公表しており、欧州最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンも同年から全車EV化を目指し、すでに開発をスタートしています。

この流れは米国も同じで、日本車にとって最大のお得意先であるカリフォルニア州でも、2035年からはハイブリッド車(PHVを除く)を含むガソリン車の新車販売は知事令により禁止されています。

自動車を巡る世界的な変化の波は自動車産業のみならず自動車整備業にも影響を与えることは必至で、今後どれくらいの規模で影響が生じるのかはまだ誰にも正確に予測することが出来ません。

そこで本日は、これから大きな変化を迎える自動車整備業に焦点を当て、現状の分析や課題を探り、市場の変化に対応するための解決策について考えてみたいと思います。

自動車整備業界の現状とその課題について

ではまず、自動車整備業界の現状についてまとめてみます。

自動車整備業界の売上規模

一般社団法人日本自動車整備振興会連合会が令和3年1月に発表した「自動車特定整備業実態調査」によると、自動車整備業界の直近6年の売上の推移をみると、平成27,28年は減少したものの、それ以降は4年連続で増加しており、令和2年度調査における総整備売上高は 5 兆 6,561 億円となり、前年度と比較すると 345 億円(0.6%)の微増となりました。

引用元 令和2年度 自動車特定整備業実態調査結果の概要について

https://www.jaspa.or.jp/Portals/0/resources/jaspahp/member/data/pdf/R02jittaityousa.pdf

業態別に前年度と比較すると、専・兼業が376億円(1.4%)増、ディーラーが77億円(0.3%) 増、自家(「自家」とは自企業が保有する車両の整備を行っている事業場のこと)が 108 億円(4.8%)減となり、自家のみ減少しています。

また 作業内容別では、「車検整備」が 0.4%増、「定期点検整備」が 7.9%増、「事故整備」が 7.9%減、「その他整備」が 4.5%増と、「事故整備」のみ減少していました。

引用元 令和2年度 自動車特定整備業実態調査結果の概要について

自動車整備業界の事業所数

いっぽう事業所数は、前年度と比較すると 72 事業場(0.08%)の減小となり、5年連続で減少しています。減少のおもな原因は、後継者不在による廃業と思われます。

引用元 令和2年度 自動車特定整備業実態調査結果の概要について

 

整備指数および整備士保有率

次は、整備士の数と、整備要員数に対する整備士数の割合(整備士保有率)について見てみましょう。

整備要員数は 昨年と比べ微増しており、整備要員数に 対する整備士数の割合(整備士保有率)は 85.1%で 0.7 ポイント増加しています。(注1)

しかし、団塊の世代の整備要員は引退し、自動車の使用期間長期化にともなう整備部門の拡充ニーズは増え、電気自動車をはじめとする新技術に対応するための整備要員の新規採用枠も拡大しているため、整備要員の人材は慢性的に不足しています。

整備要員一人当たりの売上高

整備要員1人当り売上高(自家を除く)は 14,284 千円で、前年度と比較すると 0.8%増とな っています。(注2)

なお、業態別に見てみると、専・兼業は 10,115 千円(1.5%増)なのに対しディーラーは 23,646 千円(0.05%増)となっています。(注3)

どちらの業態も微増しているものの、ディーラーで働く整備要員一人あたりの売上高に対し、専・兼業で働く整備要員の売上高は半分以下となっており、専・兼業の経営効率の悪さが際立っています

*(注1)(注2)(注3)は、「令和2年度 自動車特定整備業実態調査結果の概要について」を参照。

自動車整備業界の現状分析から分かる課題

自動車整備業界の現状分析から、以下のことが分かります。

  • マーケットそのものは堅調に推移している
  • 町工場の顧客はディーラーに奪われている
  • ディーラーの利益率に比べ町工場の利益率が悪すぎる
  • 整備要員は業態に関係なく慢性的に不足している

これらを踏まえた上で、次章では自動車整備業界の将来予測を行ってみたいと思います。

自動車整備業界の将来予測

自動車整備業界の将来予測を、外的要因と内的要因の2つに分けて行います。

外的要因から考える将来予測

日本の人口は、現在長期的に減少局面に入っており、内閣府が発表している推計によると、約40年後の2060年には8,600万人程度にまで減少すると考えられています。現在の人口と比べると約3割減ることになるため、それに伴い自動車整備業界の国内市場も三割程度縮小するものと考えられます。

また、人口減少により国力が低下した場合、円の価値が下がるため輸入物資の価格が上がり、国民一人当たりの可処分所得が低下することが考えられます。そうなった場合は、売上の鈍化や利益率の減少なども考えられます。

いっぽう、慢性的な整備要員不足は人口減少によりいっそう深刻になるため、整備要員を確保するために給料を上げざるを得なくなった場合は、これが事業所の利益率を圧迫する可能性があります。

内的要因から考える将来予測

冒頭でお話ししたように、欧州や米国では、これまで内燃機関を使って動いていた自動車はモーターを使った電気自動車などに切り替わることがすでに決定されています。また、自動車の自動運転化はさらに進むため、自動車整備業界は従来以上に高度な整備知識が要求されることになります。

この流れは基本的に日本も同じであるため、高度な整備要員を育てるための投資が求められるようになります。

また、町工場などの小規模事業者の後継者不足は今以上に深刻になるため、多くは廃業を余儀なくされ、その結果顧客はディーラーが吸収していくと考えられます。

避けられない業界再編

現状の課題とそれに基づく将来予測を基に考えた場合、自動車整備業界の大規模な業界再編は避けることが出来ないと思われます。実際に、カー用品販売の国内最大手である「オートバックスセブン」は積極的なM&A戦略により町の車検整備工場を次々と子会社化しています。

カー用品の売上がすでに頭打ちとなっているオートバックスは、車検事業に進出することにより定期的安定的な収益を上げることが出来るようになるだけでなく、車検時の部品交換は自社の部品を用いることによりシナジー効果を上げることが出来ます。

ただし、車検整備のための整備要員はM&Aによる「取り合い」になるため、オートバックスと同様の経営戦略をとる事業者同士のM&Aはより一層激化していくもとと考えられます。

このように、自動車整備業界の業界再編は避けることは出来ず、これから更に加速していくものと考えられます。

自動車整備業の活路をM&Aで拓く

前章でお話ししたように、オートバックスをはじめとする大手企業は、自動車整備業の生き残りをかけ、積極的にM&Aを行うことにより活路を見出しています。

では、M&Aを行うと何が出来るようになるのでしょうか?買い手側と売り手側に分け、それぞれ何ができるようになるのかを考えてみます。

M&Aで出来ること(買い手側)

買い手側がM&Aを行うことで出来るようになるものは、おもに以下の3つです。

  • 事業エリアの拡大
  • 提供するサービスの種類の増加
  • 優秀な整備士の確保

事業エリアの拡大

M&Aにより既存の自動車整備業者をグループ企業の傘下へ置く事により、事業規模を一気に拡大することが出来ます。通常であれば、出店計画の立案から出店場所の絞り込みや人材の準備、出店に向けた広告宣伝などに莫大な金額と時間が必要になるだけでなく、出店後も事業が軌道に乗るまでにはそれなりの時間や経費が必要となります。

しかし、M&Aに成功すれば、一から出店するための手間暇や時間をショートカットすることが出来るため、一気に事業エリアを拡大することが出来ます。

提供するサービスの種類の増加

M&Aの売り手企業が買い手側の行っていないサービスを行っている場合は、売り手企業を子会社化することにより、買い手側企業は新たなサービスを提供することが出来るようになります。

たとえば、電気自動車や自動運転システムなどの電装品を整備が得意な会社をM&Aすることが出来れば、グループ全体での新たな顧客層の開拓につながることになります。

優秀な整備士の確保

優秀な整備士を抱えている事業所のM&Aに成功すれば、求人や教育などに時間やコストをかける必要なく優秀な整備士を一気に確保することが出来るようになります。

M&Aで出来ること(売り手側)

いっぽう、売り手側がM&Aによって出来るのは、おもに以下の3つとなります。

  • 事業承継による会社存続
  • 従業員の雇用維持
  • 創業者利益の獲得

事業承継による会社存続

どれだけ素晴らしい会社を作り上げてきたとしても、後継者がいなければ最終的には会社を閉めて廃業を選択しなければなりません。しかし、M&Aにより買い手のグループ企業になれば、会社はそのままの形で存続することが可能になります。

従業員の雇用維持

後継者不在により廃業を選択した場合、従業員を解雇しなければなりません。しかし、M&Aであれば引き続き従業員の雇用は継続されるため、従業員やその家族を路頭に迷わすことはありません

創業者利益の獲得

廃業ではなくM&Aによる会社の売却を選択した場合は、対価としてそれに相応しい売却代金を得ることが出来ます。そのため、安心して老後を迎えることが出来るようになります。

特別な資産がなくても会社が売却できるM&Aの仕組み

「M&Aで会社売却」というと、工場などの資産や特許などの何か特別な技術がなければ出来ないと考える経営者の方が多いですが、実はまったく違います。

確かに、会社に特別な資産や特許などがある場合は、その分だけ高く売れることは間違いありません。しかし、会社を売却する場合は、決算書では表示することが出来ないものにも値段がつくため、資産や特別な技術がなくてもかなりの値段で売却することも出来ます。

会社の値段が高くなる「のれん」の仕組み

企業は、従業員に長期間の投資を行い、従業員のスキルを向上させることにより自らの収益性を高めていきます。自動車整備業であれば、整備士の見習いを雇用し、一人前の整備士に育て上げるまでに莫大な時間と先行投資を行わなければなりません。

こうして育て上げた整備士は、企業にとって収益を生み出す源泉であり、紛れもない財産です。しかし、優秀な従業員がどれだけいたとしても、それが会社の決算書に金額として表示されることはありません。

しかし、M&Aによって会社を売却する場合は、このような無形の資産が「のれん」として評価されるために、土地や工場などの財産の有無に関係なくM&Aによって対価を受け取ることが出来ます。

これ以外にも、既存の取引先や販路、立地条件をはじめ、その地方でのブランド力なども「のれん」として評価され、企業価値に加算されていきます。この「のれん」の評価こそが、M&Aで会社の値段が高くなる原因なのです。

超簡単な売却価額の計算方法

会社の企業価値を評価する場合、さまざまな方法が用いられています。実際に行うためにはかなりの専門知識と複雑な数式を用いなければなりませんが、ざっくりとであればもっと簡単に行うことが出来ます。

以下の算式をご覧ください。

  • 企業価値評価=(会社の資産-会社の負債)+(営業利益の平均値の3~5年分)+のれん

この算式を用いると、企業価値の概算額を算出することが出来ます。

なお、(会社の資産-会社の負債)については、今すぐに会社を廃業するとしたら、いったいいくら手もとに残るのかを計算することにより算出することができます。

また、(営業利益の平均値の3~5年分)に関しては、決算書を3~5年分用意し、損益計算書の中に表示されている「営業利益」の平均値を求め、その3~5年分程度をかけ合わせれば求めることが出来ます。

最後に「のれん」に関しては、売却相手によってその評価額は大幅に変わるため、残念ながら簡単に算出することは出来ません。詳しくはM&Aのアドバイザーなどに相談するのが良いでしょう。

最後に

日本は今、長期的な人口減少の途上にあります。したがって、国内市場の規模も長期的に縮小していきます。これは、自動車整備業だけでなく、すべての業種に共通しています。

そのため、あらゆる業種において、これから大規模な業界再編が行われます。それを乗り切る手段として有効なのが、M&Aなのです。

ただし、M&Aは、「売り手」と「買い手」の組み合わせによって売買金額が大幅に変わるという特徴を持っています。なぜなら、売り手が売りたいものと買い手が買いたいものが必ずしもすべて一致するわけではないため、組み合わせによっては高くも安くもなるからです。

したがって、M&Aを成功に導くためには、出来るだけ早い段階から将来を見据えた準備を行い、じっくりと時間をかけて取り組まなければなりません。

経営者コネクト
経営者コネクトでは、M&A支援経験豊富な公認会計士や製造業の親族内承継を経験した中小企業診断士のチームによる「事業承継支援」・「後継者育成支援」・「M&A支援」プログラムをご用意している他、企業価値評価・デューデリジェンスのご依頼にも対応します。
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