【事例から学ぶ】学習塾M&Aの特徴とその注意点について

中小企業のM&Aは製造業やサービス業だけでなく、ありとあらゆる業種をその対象としており、学習塾も例外ではありません。
学習塾には小規模な個人経営のものから全国展開をしている大規模なものまで大小さまざまなに幅広く存在しており、授業の進め方も、教室に生徒を集めて行う昔ながらのものから、マンツーマンで個別指導を行うものまでさまざまです。

2度のベビーブームと加熱する受験競争を追い風に、学習塾はこれまで市場規模を増やしてきましたが、少子化が進む現在では、残念ながら昔ほどの勢いを感じることはありません。

しかし、このような学習塾を巡る環境の変化の中、生き残りをかけたM&Aが水面下で数多く行われています。
学習塾同士のM&Aはもちろんこのと、学習塾が異業種をM&Aする場合やその逆など、その形態はさまざまです。

そこで本日は、学習塾のM&Aについて、学習塾がM&Aを行うメリットや学習塾ならではのM&Aにおける注意点などについて、最近の事例を交えながら解説していこうと思います。

学習塾業界の特徴

はじめに、学習塾業界の特徴について簡単にまとめてみます。

2極化するビジネスモデル

学習塾といえば、かつては教室に多人数の生徒を集めて授業を行う集団指導方式が一般的でした。

しかし、近年では個別指導方式の学習塾が増えています。少子化と価値観の多様化にともない、親のニーズが生徒一人一人を指導する形に変化したため、それに対応する形で個別指導方式が増えているためです。

いっぽう、教室で行う集団指導方式の学習塾も着実に変化しており、良質な授業をアーカイブ化し、インターネットで配信するタイプの指導方法が旧来の授業と並行して行われています。

損益分岐点をいかに下げるか

集団指導方式の学習塾は1人の講師が多数を教えることができるため、生徒が増えれば増えるほど講師の人件費率は下がり、損益分岐点を下げることになります。

しかし、時代の流れは個別指導方式へと確実に向かっており、集団指導方式を維持し続けるのはかなり難しいとも言えます。

いっぽう、個別指導方式は生徒一人一人のニーズをくみ上げやすく、一定期間で成績を上げるのに向いている面はあるものの、生徒一人に対して講師一人を用意しなければならないためコストが上がり、常に損益分岐点を押し上げてしまうデメリットを内包しています。

講師の質を維持しつつ効率の良い広告宣伝を行う

集団指導方式と個別指導方式のどちらを選択するにしても、鍵となるのは講師の質をいかに維持し続けていくかに尽きると言えます。
どのような授業方法を採るにしても、教える講師の能力や人気に問題があれば、短期的に生徒を集めることが出来たとしても、長続きすることはありません。

生徒や親に人気があり、実績が評判を呼ぶ講師をどれだけ揃えることができるのかが学習塾のビジネスモデルを拡大させるためにはもっとも必要なポイントであり、同時にどれだけ効率よく広告宣伝が行えるのかにすべてが掛かっていると言えます。

学習塾の市場規模

矢野経済研究所の調査によると、学習塾や予備校、家庭教師や通信教育をはじめとする教育関連主要15分野の市場規模の推移は、少子化が進んでいるにも関わらず堅調に伸びていたものの、新型コロナウイルスの影響により頭打ちとなりつつあることが分かります。

引用 「教育産業市場に関する調査(2020年)」 矢野経済研究所 https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2584 

教育産業の中でも学習塾業界の市場規模は9,364億円、事業所数は48,572と教育産業全体でもっとも多くを占めており、最大手のベネッセホールディングス(4,300億円)を筆頭に、学研ホールディングス(990億円)、公文教育研究会(558億円)、ナガセ(455億円)、栄光(298億円)と続いています。

近年学習塾の市場規模が拡大した背景には、ゆとり教育時代に子供の学力低下を不安視した親が積極的に学習塾へ通わせた背景がありました。しかし、現在ではゆとり教育は廃止され、2015年には2,200万人いた19歳以下の人口は45年後の2060年には1,100万人に半減すると予測されており、市場規模の縮小にともなう大規模な業界再編成は避けられないと考えられています。

このように、将来必ず起こる市場の大規模な変化に備え、今、学習塾は生き残りをかけたM&Aを活発に行っているのです。

学習塾M&Aのメリット

それでは、学習塾が(を)M&Aを行うと、具体的にどのようなメリットが生じるのでしょうか?売り手側と買い手側に分けて、考えてみたいと思います。

売り手側のメリット

学習塾の売り手側のメリットとしては、おもに以下の点を挙げることができます。

  • 他業種と比べると高い値段で売却することが出来る
  • 生徒や保護者に迷惑をかけることなく事業を引き継いでもらえる
  • 従業員の雇用を守ることが出来る
  • 講師として仕事を継続できる

他業種と比べると高い値段で売却することが出来る

学習塾の場合、一部の大手が持っているような独自のeラーニングシステム等を除き、ほとんど資産らしい資産を所有していません。
せいぜい簡易的に作られた建物や机程度であり、M&A時に資産価値としてはほとんど計上されないものばかりです。

しかし、学習塾というビジネスモデルは、生徒のニーズを上手くくみ上げることが出来れば長期間に安定した収益を発生させることが可能なため、他業種と比べると企業価値評価が高く見積もられるという特徴を持っています。

 

生徒や保護者に迷惑をかけることなく事業を引き継いでもらえる

学習塾は学生の教育に携わる事業であり、顧客である生徒の人生に与える影響は他業種と比べてもかなり大きなものがあります。
生徒を抱えたままで廃業をしてしまうと、生徒に与える悪影響は計り知れませんが、M&Aであれば同じ環境で事業を継続することができるため、生徒や親に迷惑をかけることはありません。

従業員の雇用を守ることが出来る

学習塾をM&Aする場合、基本的には従業員の雇用は継続されます。特に講師は学習塾にとって収益の源泉となる大切な要ですから、M&A後も引き続き雇用は守られます。

講師として仕事を継続できる

学習塾の経営者が塾講師を兼ねている場合は、M&A後も継続雇用が買い手側から望まれます。したがって、M&Aにより創業者利益を確保した後でも、塾講師として継続的に収入を得ることもじゅうぶんに可能です。

買い手側のメリット

いっぽう、買い手側のメリットとしては、おもに以下のものを挙げることができます。

  • 生徒と講師の両方を一気に獲得することが出来る
  • 立地の良い場所を抑えることができる
  • 教育業界へ新規参入することができる

生徒と講師の両方を一気に獲得することが出来る

学習塾に生徒を集めるためには、まず生徒を集めるための広告宣伝に力を入れ、同時に質の高い講師を複数名確保し、はじめは赤字を抱えながら少しづつ生徒と親からの評価を高め、やがて口コミで少しづつ生徒数を増やしていく、というのが学習塾経営の一般的なやり方です。

これには、さまざまなコストやリスクと時間が掛かりますが、M&Aで学習塾を買収することが出来れば、これらを一気に解決することができます。

立地の良い場所を抑えることができる

学習塾は学生を対象とするため、学校や駅の近くなどの立地条件が収益に与える影響が他業種と比べて高いと言われています。しかし、好立地物件は既存の学習塾に寡占されている場合が多いため、新規参入が難しい場合があります。

こういったケースの場合、M&Aを行うことで立地の良い場所を抑えることができるため、それを足掛かりにさらに校舎数を増やしていくことが可能になります。

教育業界へ新規参入することができる

学習塾というビジネスモデルは他業種との親和性が高いため、教育業界への進出を計画している他業種にとってはチャンスです。

既に顧客(生徒)がついているためM&A後の収益の見込みが立てやすいだけでなく、たとえばIT系の企業であれば学習塾にネットインフラを導入して授業のオンライン化を進めることができ、英会話教室などであれば生徒の受験合格後も引き続きTOEICなどの検定試験向けのレッスンを提供し続けることができます。

学習塾をめぐる近年のM&A事情

それでは、実際にどのようなM&Aが行われているのか、その代表的なものをいくつか見てみましょう。

学習塾によるM&A事例

ではまず、学習塾による学習塾のM&Aについて見てみましょう。

株式会社京進による株式会社ダイナミック・ビジネス・カレッジのM&A

株式会社京進は、近畿地方を中心に個別指導塾の「京進スクールワン」を経営する傍ら日本語学校を運営していました。

2019年1月に、都内で日本語学校を運営していた株式会社ダイナミック・ビジネス・カレッジをM&Aすることにより、全国に展開する日本語学校数を一気に増やすことに成功し、日本語教育事業の新規サービスの展開やその他語学関連事業とのシナジー効果が生まれ、現在も事業規模を拡大し続けています。

株式会社城南進学研究社による株式会社アイベックのM&A

株式会社城南進学研究社は、個別指導塾の「城南コベッツ」や大学受験対策の「城南予備校」などを運営していました。

2018年8月に、企業向けビジネス英語研修をはじめ、ビジネス英語やTOEIC講座などの英会話スクールの運営を行っていた株式会社アイベックをM&Aすることにより、社会人英語教育への本格的な進出に成功し、既存の教育事業とのシナジー効果により、受験勉強だけにとどまらない幅広い年齢層をカバーする総合教育ソリューション企業となり、現在も事業規模を拡大しています。

学習塾による異業種のM&A事例

では次に、異業種による学習塾のM&A事例について見てみましょう。

駿台グループによる株式会社manaboのM&A

駿台予備校や駿台学園を展開している駿台グループは、2018年5月に、オンライン家庭教師サービス「manabo」を運営する株式会社manaboに対するM&Aを行いました。

駿台グループの傘下にあるエスエイティーティー株式会社は駿台グループ内のeラーニングシステムや人材開発事業および教育関連システムの開発を行っており、これらのシステムと株式会社manaboが持っている双方向システムを融合することにより、新たに企業向けの教育研修をはじめ、病院、自治体への医療福祉など他業種に向けた新サービスの開発に着手しています。

株式会社市進ホールディングスによるパス・トラベル株式会社のM&A

首都圏を中心に、小中学生を対象とした「市進学院」や高校生を対象とした「市進予備校」を展開している株式会社市進ホールディングスは、2018年3月に、おもに関西方面の大学や企業などを対象としたビジネス出張や観光などの旅行プランの企画・手配を行っているパス・トラベル株式会社のM&Aを行いました。

これにより、現在傘下の学習塾が行っている勉強合宿や受験のための旅券やホテルの手配をはじめ、国内で展開している日本語学校での旅券手配などが自前で行えるようになりました。

学習塾M&Aで注意すべき点

では最後に、学習塾をM&Aする場合注意すべき点についてお話しします。

講師に対する説明をできるだけ丁寧に行い不安を取り除く

学習塾の最大の資産は、有能で生徒や親からの信頼が厚い講師です。講師が離脱してしまえば、それにともない生徒も大量に辞めてしまいます。

M&Aによって譲渡した会社側の講師は、今後の待遇について不安を必ず抱えています。ですから、できるだけ丁寧に説明し、講師一人一人の不安を取り除いていく事が大切です。

教室数や生徒数を過剰に評価しない

学習塾の収益予想は、教室数や生徒数により比較的簡単に行うことができます。卒業や退会によって減った生徒数だけ増員できれば理論上いつまでも一定以上の収益を上げ続けられますが、現実にそのようなことはありません。場合によっては数年後に生徒数がゼロになることもあり得ます。

特に異業種から学習塾業界へ参入する場合は、将来の収益予測を甘く見積もる傾向にあるため注意しておかなければなりません。

学習塾業界の離職率は他と比べて高いことを想定した上で事業計画を立てる

学習塾における最大の資産が講師であることは上述の通りですが、その結果学習塾業界の離職率が他と比べると極めて高いことも理解しておかなければなりません。

人気がある講師であれば他からの引き抜きは日常茶飯事であるだけでなく、講師自らが起業して塾をはじめることも珍しくありません。

つまり、どれだけ譲渡希望の学習塾に素晴らしい講師と多くの生徒が揃っていたとしても、企業価値評価を行う場合は現在価値をかなり割り引いておかなければ正しい事業計画を立てることは難しいでしょう。

まとめ

学習塾業界のM&Aは、少子化によりより市場が縮小していく将来に備え、今後も活発に行われると思われます。

しかも、学習塾というビジネスモデルは他業種とのコラボレーションによりシナジー効果が出やすい業種でもあるため、業界再編のためのM&Aだけでなく、他業種や海外への進出も視野に入れたM&Aも今後は増え続けていくことでしょう。

 

経営者コネクト
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