美容室や理容室などの美容業界は、材料の仕入や在庫が少なく、他業種と比べると利益率が高いのが特徴です。少子化により緩やかに人口が減少している現在でも、その店舗数を日本全国で増やし続けています。
しかしその一方で、さまざまな理由により閉店もしくは店舗数を縮小している美容・理容室があります。
そのような場合に、近年活用されはじめているのがM&Aです。
M&Aというと大企業同士が行うイメージを持たれている方も多いかもしれませんが、実際には中小企業同士のM&Aはそれ以上活発に行われています。
特に美容・理容室や飲食店などの小規模路面店はM&Aに向いているため、廃業や閉店よりもM&Aを選ぶケースが増えています。
そこで本日は、美容業界のM&Aについて、そのメリットや具体的な方法などについて解説していきます。
美容業界の現状
はじめに、美容業界の現状を整理してみましょう。
右肩上がりで増え続ける美容室と減り続ける理容室
美容室は平成元年から右肩上がりに増え続けており、令和元年の店舗数は前年比3,282軒増の254,422軒(前年比1.3%増)となっています。
いっぽう理容室はそれとは反対に平成元年から右肩下がりで減り続けており、令和元年の店舗数は前年比1,787軒減の117,266軒(前年比1.5%減)となっています。
また、美容・理容師の数を比較してみると、令和元年の美容師数が542,089人(前年比8,275人増)に対して同年の理容師数は214,279人(前年比3,751人減)と、これも美容・理容室の店舗数と同様の動きをしていることが分かります。
引用 美容業界ニュースメディア「Beautopia」美容室の経営・業界動向より
https://www.beautopia.jp/45893/
ちなみに、サロン1件あたりの従業員数は、美容室が2.13人、理容室が1.83人と前年と同じであったことから、全体として数は増えているものの、業態そのものが変わっているわけではないことが分かります。
人口減少により業界再編が加速する
日本国の人口は、2008年の1億2,808万人をピークに減少に転じており、総務省が公表した2020年1月1日時点の住民基本台帳に基づく人口動態調査によると、全国の人口は1億2,713万8,033人となっています。
この12年間で減少した約95万人の人口は、和歌山県の全人口数に匹敵し、あと数年以内に鳥取県と島根県の人口数が日本から消滅すると言われています。
美容・理容室はどちらの店舗も商圏が狭く、近隣住民が顧客の中心であることを考えると、人口減少にともなう競争激化や売上減少、それにともなう利益率の減少がこれから数十年の間加速していくことは容易に予測できます。
したがって、大手美容室を中心に業界の再編が行われるのは避けて通ることが出来ず、その手段としてM&Aがもっとも用いられるだろうと予測されます。
美容業界M&Aの現状について
では、実際に美容業界でM&Aが行われているのかを確認してみましょう。M&Aマッチングサイトとしては最大規模の「BATONZ(バトンズ)」の、美容・理容室売り案件の一覧を覗いてみます。
こちら(https://batonz.jp/sell_cases?bk%5B%5D=1903&sort=new)をご覧いただけばお分かりの通り、実に多くの美容・理容室が実際に売却希望案件として登録されています。
もちろんこれは全体のごく一部に過ぎませんから、実際にはこちらで見ることが出来るよりもはるかに多い美容・理容室がM&Aを活用していることが分かります。
美容・理容室M&Aのメリット
それでは、美容・理容室のM&Aにはどのようなメリットがあるのかを、売り手と買い手に分けてそれぞれ見てみましょう。
売り手側のメリット
売り手側のメリットとしてはおもに以下の点を挙げることが出来ます。
- 原状回復工事代が不要で造作譲渡よりも高く売れる
- 従業員の雇用を確保できる
- 廃業とは違い創業者利益を確保できる
原状回復工事代が不要で造作譲渡よりも高く売れる
店舗を閉鎖して撤退する場合は、原則として店内を原状回復して返すことが契約により義務付けられています。店舗の大きさ次第ではありますが、その工事代には数百万円程度は必要で、これらの費用は退去する側にかなりの負担となります。
また、原状回復でなく造作譲渡の場合は、次の入居予定者に建物の内装や設備、美容器具などを割安価格で譲渡することになるため、原状回復工事代の負担はなくなりますが、内装や美容器具などに投資した代金はごく一部しか回収することができません。
しかしM&Aを選択した場合は、造作譲渡に加えて立地の良さや人材、運営ノウハウや顧客なども含めた無形資産も含めた売却価額で売買されるため、より高い金額で譲渡することができます。
従業員の雇用を確保できる
廃業ではなくM&Aを選択すると、基本的に従業員は買い手側で継続雇用されることになります。
したがって、これまで苦楽を共にしてきた従業員やその家族を路頭に迷わす心配はありません。
廃業とは違い創業者利益を確保できる
M&Aは、単に内装や備品などを売却するのではなく、質の高い従業員やその地域での知名度、また優良な顧客など、さまざまな無形資産が評価され、それらも丸ごと上乗せされた評価額で売却します。
したがって、リタイア後の生活に心配することなく、十分な老後資金を手にすることができます。
買い手側のメリット
次に買い手側のメリットです。買い手側のメリットとしては、おもに以下の点を挙げることが出来ます。
- M&Aが完了した翌月から利益を上げることができる
- 店舗展開をスピーディーに行うことが出来る
- 優秀な人材をまとめて確保できる
M&Aが完了した翌月から利益を上げることができる
通常の新規出店であれば、売上や利益を上げるまでには時間とさまざまなコストが必要となります。
しかし、一定以上の利益を上げている既存の店舗をM&Aによって買収する場合は、M&Aの翌月から利益を上げることができます。
店舗展開をスピーディーに行うことが出来る
新店舗をオープンするためには、物件探しから始まりスタッフの求人・採用や店舗工事、そして広告宣伝などを行わなければなりません。
しかし、会社もしくは事業を丸ごと買ってしまうM&Aの場合は、そういった手間が一切かからないため、店舗展開をスピーディーに行うことができます。
優秀な人材をまとめて確保できる
美容・理容室はどこ人手不足で、求人広告を出してもまったく人が来ないことも珍しくありません。
技術はもちろんのこと、人当たりが良く顧客をつかむのが上手なスタッフは誰もが欲しいと思うものですが、なかなか出会うことはありません。
しかし、M&Aであれば店舗やスタッフごとすべて譲り受けることになるため、人材不足を解消し優秀なスタッフをまとめて確保することができます。
美容・理容室のM&A事例
次に、どのようなケースでM&Aが行われているのか、その事例をいくつか見てみましょう。
事例① 事業規模縮小のため一部店舗を大手チェーン店に売却
売り手は、都内で美容室を3店舗経営していたものの、どの店舗も売上が伸び悩み、スタッフの離脱も多く、経営者も年齢が60歳を迎えたため思い切って事業規模の縮小を決意。
1店舗を残して2店舗をまとめて売却しようとしていたところ、立地の良さから大手美容室チェーンによるM&Aが無事成立。
事業譲渡によるM&Aだったため売却価格も上乗せされ、500万円で無事成立。
事例② 業績不振だったため会社ごと美容クリニック経営会社へ売却
売り手は、長い間美容室を経営していたが、近年売上が下がり続け銀行からの借り入れが増えたため売却を決意。
同業者への売却を望んだもののなかなか成約しなかったところ、美容室に新規参入を計画していた美容クリニック会社との間で株式譲渡によるM&Aが成立。
優秀なスタッフがいたことと、M&A後も経営者は店長として残ることを条件に、譲渡価額300万円だった。
事例③ 本業の悪化により利益の出ているうちに美容室を売却
売り手は、本業がエステサロンのチェーン店経営で、別部門として美容室を3店舗ほど経営。
美容室はどれも利益を上げていたものの、本業のエステサロンの業績が悪化し、銀行からの借入金が一気に増えてしまったため、高く売れるうちに美容室の売却を決意。
3店舗ともに業績は好調であったため買い手はすぐに見つかり、大手美容室チェーンと事業譲渡によるM&Aが成立。
事業譲渡のため売却価額は1,200万円だった。
美容・理容室のM&Aのスキーム・パターン
美容・理容室がM&Aを行う場合、おもに2つのスキームが用いられています。それぞれにどのような特徴があるのかを理解した上で、M&Aのパターン別にどちらのスキームが用いられるのかを考えてみます。
株式譲渡と事業譲渡
美容室や理容室のM&Aでは、スキームとして「株式譲渡」もしくは「事業譲渡」のどちらかが用いられるケースがほとんどです。この2つにはどのようなメリット・デメリットがあり、どのような場合に向いているのかについて見てみましょう。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、株式会社の発行済み株式のすべてを買い手側に売却するM&Aのことをいいます。発行済み株式のすべてを売却してしまうわけですから、売り手側には、M&A後には売却で得た資金以外は何も残りません。
メリットとしては、
- 売却したお金がすべてオーナー経営者の手許に入る
- 売却したお金にかかる税金が安く済む(税率は約20%)
- 会社から完全に手を引く事が出来る
- 手続き自体も簡単で最短の場合1日で済む
などがあります。
いっぽうデメリットとしては、
- 一部の店舗だけを売ることが出来ない
- のれんの節税効果が生じないため事業譲渡と比べると金額が安くなる
などがあります。
したがって、株式譲渡を選択する売り手のニーズとしては、
- 売却代金は会社でなく個人で受け取りたい
- M&A後に会社を残したくない
などが挙げられます。
事業譲渡とは
事業譲渡は事業の一部(たとえば一部の支店のみ、など)だけを切り取って売却する場合に用いられる手法のことをいいます。個人事業の場合は株式譲渡によるM&Aを選択することができませんが、事業譲渡であれば個人事業主であってもM&Aによる譲渡を行うことが出来ます。
メリットとしては、
- 事業の一部を切り取って売る事が出来る
- 買い手側に「のれんの節税効果」に準ずる税効果が発生するため、その分だけ売却金額が高くなる
などがあります。
いっぽうデメリットとしては、
- 法人の場合、売却代金は会社に入ってしまうため、株主には直接還元されない
- 資産や負債を一つづつ移動させていくため、手続きが煩雑になる
などがあります。
したがって、事業譲渡を選択する売り手のニーズとしては、
- 少しでも高値で売りたい
- M&A後も事業を継続したい
などを挙げることができます。
M&A成立までの流れ
最後に、M&A成立までの流れを、売り手と買い手に分けてご紹介します。
売り手側の流れ
M&Aの売り手は、一般的に以下の流れでM&Aを行います。
- M&Aのための準備を行う
- 仲介業者が買い手候補に売り込みを行う
- 買い手候補の絞り込みを行う
- 買い手側が調査を行い最終条件を調整する
- M&Aが成立し事業を引き継ぐ
M&Aのための準備を行う
M&Aによって何をどうするのかの最終ゴールを決め、M&Aの仲介業者と契約を結びます。この段階で、M&Aのスキーム(株式譲渡か事業譲渡かなど)や売却希望価格などを決めていきます。
仲介業者が買い手候補に売り込みを行う
仲介業者のアドバイザーと売り込み先リスト(ショートリスト)を作成し、会社の詳細な情報を伏せた「ノンネームシート」を持ってアドバイザーが売り込みを行います。
興味を示した会社には、守秘義務契約を締結後に詳細な企業情報が載った「インフォメーションメモランダム(企業概要書)」を渡し、M&Aを本格的に検討してもらいます。
買い手候補の絞り込みを行う
売り手・買い手の経営者同士のトップ面談を行い、買い手候補を1社に絞り込んでM&Aに向けた基本合意書を締結します。
買い手側が調査を行い最終条件を調整する
買い手側が売り手側の財務や法務の調査(デューデリジェンス)を行い、それに基づき最終売買価格の調整を行います。
M&Aが成立し事業を引き継ぐ
買い手の提示した条件に合意した場合は最終契約書を締結し、最後に事業の引継ぎを行います。
買い手側の流れ
M&Aの買い手は、一般的に以下の流れでM&Aを行います。
- M&Aの仲介業者と契約を結ぶ
- 担当のアドバイザーが提示した企業と秘密保持契約書を締結する
- 売り手側の経営者と面談を行い、基本合意書を締結する
- 売り手側に対してデューデリジェンスを行う
- 最終契約書を締結し、事業の引継ぎを行う
M&Aの仲介者と契約を結ぶ
M&Aによって企業買収を希望する事業者は、ほとんどの場合まずM&Aの仲介業者と契約を結びます。
仲介業者は数多くの売り手希望企業のリストを持っており、M&Aの流れに沿って常にフォローする役割を果たします。
担当のアドバイザーが提示した企業と秘密保持契約書を締結する
仲介業者の担当アドバイザーが提示したノンネームシートに興味がある場合は、秘密保持契約書を締結後にインフォメーションメモランダムを入手し、本格的にM&Aを検討します。
売り手側の経営者と面談を行い、基本合意書を締結する
売り手側の経営者とトップ面談を行い、M&Aに向けた基本合意が成立した場合は基本合意書を締結します。
売り手側に対してデューデリジェンスを行う
売り手企業が提示した情報が本当かどうかを確認するために、法務や財務の徹底的な調査(デューデリジェンス)を行います。
一般に、法務デューデリジェンスを弁護士が行い、財務デューデリジェンスに関しては公認会計士が行います。
ここで表出した法務や財務のリスクをもとに、再調整した売買価格で売り手側と再交渉を行います。
最終契約書を締結し、事業の引継ぎを行う
売り手側との交渉が成立したら、最終契約書を締結します。締結後は従業員や関係者にM&A成立を公表し、事業の引継ぎを行います。
まとめ
美容室や理容室のM&Aは、今後、更に増えていくことが予想されます。
今までは居抜きで次の事業者に渡し、わずかばかりの譲渡代金を受け取る造作譲渡が中心でしたが、これからはM&Aを活用した売買が中心になっていくことでしょう。
廃業してしまっては、せっかくこれまで積み上げてきたものが何も残せません。
事業の縮小や廃業を選択する前に、ぜひ一度M&Aの可能性を考えてみてはいかがでしょうか。
事業承継の方法や後継者が決まっていなくても、まずは無料相談が可能です。
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