M&Aで中小企業を買収するためには、最低でも数百万円前後は必要で、規模が大きいものになると数十億円程度に上ることもそれほどめずらしいことではありません。
小規模なものであれば自己資金だけで何とかなりますが、規模が大きくなる場合には、何らかの方法で外部から資金を調達しなければなりません。
その資金調達方法として活用されているのが、本日ご紹介する特別目的会社(SPC)です。
特別目的会社は不動産開発のための資金調達では頻繁に用いられており、たとえば六本木ヒルズの建設やホテルオークラの立て替えのための資金調達も、この特別目的会社を使って行われました。
それ以外にも、M&Aにおいて、投資ファンドなどがLBOによって企業買収を行う場合などにも特別目的会社は用いられています。
そこで本日は、まずLBOとは何かをご説明し、そのプロセスの中で用いられている特別目的会社の役割について解説していきます。
LBOと特別目的会社(SPC)について
M&Aのための資金を外部から調達するためには、おもに2つの方法があります。
ひとつは第三者割当増資のように株主から出資金を集める方法です。そしてもうひとつが、金融機関からの借入です。
本日ご紹介するLBOは、金融機関からの資金調達方法のひとつとなります。
LBOとは
「LBO」とはLeveraged Buyout(レバレッジド・バイアウト)の略語で、てこの原理を利かせて(Leveraged)買収(Buyout)を行うことからその名前が付いています。
M&Aというと、大きな企業が自分よりも小さい企業を買収することを最初にイメージされる方が多いと思いますが、実際には小さい企業が自分よりもはるかに大きな企業を飲み込む場合もあります。
このような場合に資金調達の方法として用いられているのが、LBOです。
具体的には、金融機関から融資を受けてM&Aを行い、その返済をM&Aの対象会社が背負うことによってM&Aが成立します。
ちなみに、2005年にライブドア社がニッポン放送に対して行った敵対的買収では、当初検討されていた方法もこのLBOによるものでした(実際には、ライブドア社が発行した転換社債をリーマン・ブラザーズが引き受ける形で資金調達がなされました)。
魔法の杖としてのLBO
普通は、金融機関から資金調達を受けた本人(企業)がその返済を行います。
しかしLBOの場合は少し違います。
返済を行うのは資金調達を受けた企業ではなく、M&Aの対象となる企業が行います。
したがって、LBOによるM&Aに成功すると、M&Aの買い手側はほとんど何のダメージも受けずに優良企業を手に入れることに成功します。
このLBOによるM&Aの手法は1980年代以降にアメリカで大流行し、多くの企業買収におけるシーンで大活躍(?)しました。映画「プリティ・ウーマン」でリチャード・ギアが演じる実業家が造船会社を買収するために行っていた方法も、このLBOです。
現在でも、LBOはPEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)による企業買収などで頻繁に用いられています。
ファンド側はLBOによって企業を一旦買収し、企業内の経営改革を行って企業価値を高め、数年後に売却することによってファンドに多額の利益をもたらしています。
特別目的会社(SPC)とは
特別目的会社とは「資産の流動化に関する法律(SPC法)」に基づき資産の流動化を目的として設立された法人のことで、略称をSPC(specific purpose company)といいます。
SPC法に基づいて作られた特別目的会社は、会社法に基づき設立された普通法人とはことなり、利益を追求する営業活動を行うことはできません。
特別目的会社は、資産を保有するだけのいわゆる「箱」としての機能のみを有する特徴を持っており、目的を果たした後は解散します。
ちなみに、特別目的会社が保有する資産とは、おもに土地などの不動産ですが、それ以外にも売掛金やリース債権などがあります。
「資産の流動化」とは?
「資産の流動化」とは、企業が保有する優良資産(リース債権や収益力のある不動産など)を証券化することによって、投資家に小口販売する資金調達の方法のことをいいます。
たとえば時価100億円の収益力の高いテナントビルを所有していたとします。
資金繰り悪化のためこの物件を売却して現金化しようとしても、このままでは高額過ぎて買い手が限られてしまいます。
売り手側からすれば、収益力の高い物件ですからできるだけ高い値段で売却したいところですが、このままでは高額過ぎて一部の富裕層しか手が出せないか、あるいはそれを見越して買い叩かれてしまうかのどちらかです。
そのようなケースで不動産を証券化して小口化することにより、一般投資家でも手を出しやすいように流動性を高めることを「資産の流動化」といいます。
日本では、バブル崩壊後に企業が所有していた多数の担保不動産が不良債権化し、資金繰りを圧迫していました。
そこで、企業が保有している不良債権をできるだけ早く処分して現金化させる目的で1998年に「資産の流動化に関する法律」が制定されました。
この法律に基づいて、資金調達や債券発行、投資家への利益配分などの目的のためだけに設定された会社のことを「特別目的会社」といいます。
特定目的会社とは、いわゆるペーパーカンパニーのようなもので、事業を行うわけでなく、あくまで特定の目的(投資家からの資金調達、不動産から得られる収益の配当など)を行うための組織です。
そのため、資産を処分した後は原則として解散することとなっています。
M&Aにおける特定目的会社(SPC)とは?
M&Aにおいて特別目的会社が設立されるのは、おもに上述のLBOを用いた資金調達を行う場合です。
PEファンドなどが資金調達先と話し合い、LBOにゴーサインが出た場合に特別目的会社が設立されます。
特別目的会社はLBO成立の目的のみに設立され、最終的には買収先を吸収合併する形で解散します。
また、M&Aの資金調達手段として設立される特定目的会社は、株式会社でも合同会社でもどちらでも構いません。
資本金の金額についても、目標調達金額と何の関係もないため、SPC法に抵触する10万円未満でなければ、多くても少なくても何の問題もありません。
特定目的会社(SPC)を用いた資金調達スキーム
それでは次に、特別目的会社を用いた資金調達スキームについて解説していきます。LBOでM&Aを行う場合、特別目的会社を設立して資金調達を行うスキームには以下の5つの手順があります。
- 買い手企業が特別目的会社を設立する
- 特別目的会社が資金調達先からM&Aのための資金を調達する
- 特別目的会社がM&Aの対象会社を子会社化する
- 特別目的会社が子会社化したM&Aの対象会社を吸収合併する
- 特別目的会社が消滅しM&Aの対象会社が買い手企業の子会社となる
この5つについて、順に説明していきます。
1.買い手企業が特別目的会社を設立する
まず、M&Aの買い手企業が出資をして特別目的会社を設立します。設立後、買い手企業と特別目的会社は、親会社・子会社の関係になります。
2.特別目的会社が資金調達先からM&Aのための資金を調達する
次に、特別目的会社が金融機関などからM&Aのための資金を調達します。M&Aを行うのは買い手企業ですが、M&Aの資金を調達し返済義務を負うのは(この時点では)特別目的会社となります。
3.特別目的会社がM&Aの対象会社を子会社化する
特別目的会社は、金融機関などから調達した資金をもとにM&Aの対象会社の株式を100%取得し、完全子会社化します。この時点で、特別目的会社の親会社が買い手企業、子会社がM&Aの対象会社の「三層構造」となります。
4.特別目的会社が子会社化したM&Aの対象会社を吸収合併する
特別目的会社は子会社化したM&Aの対象会社を吸収合併します。これで、買い手企業から見ると三層構造だったものが二層構造に変わります。
5.特別目的会社が消滅しM&Aの対象会社が買い手企業の子会社となる
役目を終えた特別目的会社はここで消滅し、買い手企業の子会社だった特別目的会社は新たに普通法人に生まれ変わります。
これでM&Aは終了しますが、M&Aの資金の返済義務は買い手企業ではなく、吸収合併の完了したM&Aの対象企業が負う形となります。
このように、特別目的会社を利用したLBOによるM&Aは、理論上買い手側の金銭的負担が限りなくゼロに近い状態で莫大な資金の調達を可能にします。ただし、金融機関からの融資が受けられなければ成り立たないため、実際には資金調達のためのかなり厳しい審査を通過しなければ資金調達はできません。
特別目的会社(SPC)を用いたM&Aのメリット・デメリット
それでは最後に、特別目的会社を用いたM&Aのメリットとデメリットを整理してみましょう。
特別目的会社(SPC)を用いたM&Aのメリット
特別目的会社を用いたM&Aのメリットは、おもに以下の2点を挙げることができます。
- 自分の元手以上の会社を買収することができる
- M&Aのために調達した資金の返済を買い手が負わなくてよい
1.自分の元手以上の会社を買収することができる
特別目的会社を用いてLBOによるM&Aを行う場合は、金融機関からの融資さえ受けることができれば、自分よりも大きな会社でさえその買収対象とすることができます。
つまり、手持ち資金の何倍もあるような巨大企業ですら、M&Aの対象とすることが可能になります。
2.M&Aのために調達した資金の返済を買い手が負わなくてよい
前章でお伝えしたように、特別目的会社を用いたLBOでM&Aを行った場合は、M&Aのために調達された資金の返済はM&Aの買い手企業ではなく買収されたM&Aの対象会社が負担することになります。
したがって、通常のM&Aとは違い、買い手側の負担が限りなく少なく済みます。
特別目的会社(SPC)を用いたM&Aのデメリット
特別目的会社を用いたM&Aのデメリットは、おもに以下の4点を挙げることができます。
- M&Aの対象会社が巨額の借入金と高い金利を背負うことになる
- 買い手企業側にもリスクはある
- 短期間で転売される可能性がある
1.M&Aの対象会社が巨額の借入金と高い金利を背負うことになる
特別目的会社を用いたLBOによるM&Aは、買い手の側の負担が限りなく少ないためバラ色のように見えるかもしれませんが、その分だけM&Aの対象会社には大きな負担がのしかかってきます。
M&Aが成立した瞬間から、M&Aのために調達した資金の返済が始まります。
また、LBOによるM&Aは金融機関側のリスクも高いため、当然金利も高くなります。
これらはM&Aの対象会社のキャッシュフローや収益を悪化させるため、スタート時からかなりのハンディキャップを背負うことになります。
2.買い手企業側にもリスクはある
LBOのために調達した資金の返済はM&Aの対象会社が行いますが、買い手側はその資金の連帯保証人となっているため、M&Aの対象会社の業績が悪化して返済が滞れば、最終的には買い手企業が返済義務を負うことになります。
3.短期間で転売される可能性がある
ファンドは投資家から一時的に資金をあずかり、それを可能な限りハイパフォーマンスで一定期間運用しようとします。
したがって、長期間かけて安定した利益を上げようと考えるよりは、短期間で高い利益を上げようと考える傾向にあります。
PEファンドによって行われるM&Aもこれと同じ傾向にあるため、M&A後に経営改革を行って一気に上場を目指すか、もしくは経営改革を行い企業価値を高めた後で別企業に転売されるかどちらかになる可能性があります。
まとめ
LBOによる資金調達でM&Aを行う場合、特別目的会社を用いて金融機関からの融資を受けます。
この資金調達法は買い手企業が調達資金の返済義務を負わなくてよいため買い手側のメリットは非常に大きいですが、M&A後の売り手企業に対する負担がかなり重いものになってしまいます。
実際に中小企業同士のM&AではなかなかLBOが行われることはありませんが、もし可能な場合は、M&A後の売り手企業のキャッシュフローや事業計画を十分に検討してから決断した方が良いでしょう。
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