食品卸売業は、世界中のあらゆる場所から私たちの食卓へさまざま食料品を届ける大切な役割を担っています。その業態や規模は実にさまざまで、国内外を問わず数多くの食材を大量に仕入れ、自社工場で加工食品まで作っている大型の事業者から、町の飲食店へ業販向けの食材やアルコール飲料などを卸している小規模店舗まで多種多様です。
しかし、昨年から続く新型コロナウイルスによる巣ごもり需要で増収増益となっている食品卸売業者がいる一方、度重なる営業自粛により壊滅的打撃を受けている事業者も数多く存在しています。
そこで本日は、食品卸売業の現状や問題点を踏まえた上で、これから大きく変わっていく市場を生き残るための手段について考えてみたいと思います。
食品卸売業とは
はじめに、食品卸売業とは何なのか、その定義を整理しておきましょう。食品卸売業とは、おもに農畜産物や水産物、青果や食料品や飲料水(アルコール飲料を含む)などを仕入卸売している事業者のことを言います。
食品卸売業者は、農産物などの生産者や食料品メーカーから商品を仕入れ、スーパーやコンビニなどの小売業や飲食店等へ卸しているだけでなく、双方間の物流を担い、在庫調整や決済業務などの役割も果たしています。
また、食品卸売業者は、商流に沿って元卸、中間卸、最終卸の三つに分類されています。
食品卸売業の商流とその変化について
食品卸売業の商流は、はじめに元卸が生産者やメーカーから食品を購入し、それが中間卸や最終卸を経由して、最後はスーパーや小売店・飲食店などで販売されています。しかし、近年ではこの流れに変化が起きています。
大型スーパーや大手飲食チェーンは資本力があるため、仕入れた食材を販売して現金化するよりも先に仕入れ代金の支払いがあったとしても耐えることができ、またある程度余剰在庫を抱える余裕さえあります。
したがって、食品卸売業の中間マージンを除いて仕入単価を安くするために、食品卸売業を間に挟まずに直接生産者やメーカーと取り引きを行い始めています。
また逆に、インターネット販売を用いて、生産者が直接消費者に販売するケースも増えています。その結果、食品卸売業がこれまで担っていた役割は少しずつ減少しており、流通業界における新たな役割を模索しなければならない過渡期に来ています。
食品卸売業の市場規模と動向
次に、食品卸売業の市場規模がどれくらいあるのかを見てみましょう。
経済産業省の経済解析室が2021年5月に発表したレポートによると、2019年の食品流通業界全体の市場規模は120兆800億円で、そのうち食品卸売業の市場規模は72兆9,400億円となっています。
引用元 経済産業省経済解析室 飲食関連産業の動向 https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/minikeizai/pdf/h2amini148j.pdf
上図をご覧いただくとお分かりのように、フードビジネスを構成している加工業者や小売業者などの事業規模が横ばいで推移しているのに対し、食料品関連卸売業だけが緩やかに減少しているのが分かります。
これは、新型コロナウイルスの影響を受ける前のデータであり、新型コロナウイルスの影響を受けた2020年以降は、国内市場の更なる縮小にともなう食品卸売業界の業界再編が加速していると推測されます。
市場の動向に影響を与える3つの要素
食品卸売業の市場に影響を与える要素には、おもに以下の3つがあります。
- 為替の影響
- プライベートブランドの台頭や仕入れルートの変更
- 最終消費者の需要
為替の影響
食品卸売業によって流通している食材や加工品の多くは、海外からの輸入に頼っています。したがって、その仕入価格は日々刻々と変わる為替の影響を受けています。しかし、最終消費者である一般庶民は価格に非常に敏感なため、円安になったからといって安易に価格に転嫁してしまっては商品そのものが売れなくなってしまいます。
また、逆に円高になった場合は(円ベースで考えると)仕入単価が下がりますが、同業他社との値下げ競争が激化するため、利益の確保すら容易ではありません。
プライベートブランドの台頭や仕入れルートの変更
大手スーパーやコンビニなどの大規模チェーン店はプライベートブランドを次々とリリースしており、食品卸売業を通さない商品の販売に力を入れています。また、食料品の生産者から直接仕入れる独自のルートを開拓することにより、食品卸売業を通さずに安価で商品を仕入れる方法を増やしています。
その結果、食品卸売業の市場規模が少しずつ減少しています。
最終消費者の需要
食料品を最終的に消費する一般の消費者のニーズは、少子高齢化や晩婚・非婚化とライフスタイルの多様化により実に多種多様に細分化されており、またニーズそのものが常に流動的であるため、消費者の求めるものを絶えず把握するのが極めて困難になっています。
その結果、食品ロスや廃棄品の影響は食品卸売業に対する仕入控えや値下げ要求にも繋がっており、大変厳しい環境となっています。
食品卸売業を巡る問題点と今後の推移
ではここで、改めて食品業界を巡る問題点を整理してみましょう。問題点は、おもに以下の5点となります。
- 食品卸売業を経由しない「流通の中抜き」の普及
- 少子化による国内市場の縮小化
- 消費者の節約志向
- 消費者のニーズの多様化
- いまだに進まない商品在庫のデジタル管理
食品卸売業を経由しない「流通の中抜き」の普及
これまで述べてきたように、大手スーパーやコンビニなどを中心に、生産者から直接商品を仕入れる「流通の中抜き」がすでに行われており、中規模もチェーン店も徐々にこの流れに倣う企業があらわれています。
この流れは恐らく不可逆であることから、長期的に食品卸売業の市場が縮小していくことが考えられます。
少子化による国内市場の縮小化
今から約30年後の2050年には日本の人口は約9,500万人へと減少し、高齢化率も約4割になると予測されています。国内市場が長期的に縮小していくことにより、食品卸売業の市場も縮小していくと考えられます。
消費者のニーズの多様化
消費者の生活スタイルが多様化したことにともない、ニーズそのものも多様化しています。かつてのように同一規格のものを大量に消費する時代ではないため、商品の在庫管理が複雑になり、どの商品をどれだけ仕入ておくべきなのかを見極めるのが極めて難しくなっています。
いまだに進まない商品在庫のデジタル管理
コンビニではポスレジによる商品管理が当たり前となっていますが、食品卸売業界では、生産者と小売店をネットワーク化して商品在庫のデジタル管理を行っている事業者は、一部の大手商社を除けばまだまだそれほどありません。
その結果、ベテラン担当者の経験と勘に依存した業務プロセスに頼らざるを得ず、業務の効率化が阻害されています。
今後の食品業界における推移
上述のような問題点を踏まえた上で今後の食品業界を考えてみると、以下の2つの方向へ進んでいくことが推測されます。
- 海外進出
- 業界再編
海外進出
長期的な少子化により国内市場がシュリンクしていくことは、食品卸売業界の努力で避けることが出来ません。したがって活路を海外へ見出し、積極的な海外進出を選択する企業が増えると考えられます。
2019年8月、総合食品卸売業を営む株式会社トーホーは、シンガポールの業務用水産食品卸Golden Ocean Seafood の全株式を取得して完全子会社化したことを発表しました。シンガポールで既に現地の外食産業向けに日本食材の業務用食品卸売などを展開しているトーホーは、ホテル・レストラン等へ水産品を販売しているGolden Ocean Seafood社をM&Aすることでシンガポールにおける取扱い商品を充実させ、今後の本格的な海外進出への足掛かりとなるように考えています。
この例のように、中規模以上の食品卸売業は、これまで蓄積してきたノウハウや資本力を生かして積極的に海外進出を図ると思われます。
業界再編
中規模以下の食品卸売業については、国内市場の縮小に対応するためには業界再編を経てある程度以上の規模でまとまり、資本の集中によるIT化の促進と、規模の拡大によるスケールメリットによって苦境を乗り切ることになると思われます。したがって、中規模以下の食品卸売業に関しては、今後更にM&Aが加速していくと予想されます。
食品卸売業にとってのM&Aとは
これまでお話ししてきたように、食品卸売業では、近い将来M&Aによる業界再編が活発に行われることが予測されます。来るべき時に備えるために、M&Aとは何なのかをここで整理しておきましょう。
M&Aとは
M&Aとは「Mergers」and 「Acquisitions」の略で、直訳すると「合併と買収」という意味となります。昔は外資系企業同士の敵対的買収などが映画などで頻繁に登場していたためM&Aにはあまり良いイメージが持たれない時代もありましたが、近年では後継者不在の中小企業の事業承継として頻繁に用いられています。
M&Aの手法には多くの種類がありますが、中小企業で用いられるのはそのうちの4つで、その中でもたいていは以下の2つのうちどちらかが用いられています。
- 株式譲渡
- 事業譲渡
株式譲渡
株式譲渡とは、M&Aの買い手企業が売り手企業の発行済株式を取得することにより子会社化する企業再編のことをいいます。通常は発行済株式の全株を取得するため、売り手企業は買い手企業の完全子会社となりますが、社名や住所が変わることはありません。また、従業員の雇用も引き続き継続されます。
ただし、売り手企業の株主や代表取締役以下の取締役は変わるため、それにともない経営方針などは大幅に変更されることになります。
株式譲渡のメリットは、従業員の雇用を維持しつつ株主に直接売却代金が支払われ、しかも売却益に対する税率は20.315%と極めて低く、売却後は完全に会社を手放すことが出来ることなどがあります。
いっぽうデメリットとしては、事業譲渡と比べると買い手側に税効果が低いため、売却代金が低く抑えられる傾向があります。
事業譲渡
事業譲渡も株式譲渡と同じM&Aの手法の一つではありますが、株式譲渡が会社を丸ごと売るのに対し、事業譲渡は会社の一部分を切り取って売るという点が異なります。
たとえば「たこ焼き」と「焼きそば」のチェーン店を展開している売り手企業の「たこ焼き」の部分だけを買い手企業が欲しいと思った場合は、事業譲渡によってM&Aを行います。
事業譲渡のメリットは、売り手にとっては売りたい部分だけを、買い手にとっては買いたい部分だけを買うことが出来る大変便利な所にありますがが、デメリットとしては、M&Aの売却代金が株主でなく会社に支払われるためオーナー経営者個人の所得にはならない点にあります。また、売却後も会社は残るため、株式譲渡のようにM&A後に即引退というわけには行きません。
廃業を考える前にM&Aを考えてみる
M&Aによる企業再編以外にも、「廃業」という選択肢もあります。経営者の年齢や今後の経営環境の厳しさなどを考えると、廃業という選択肢を選ぶのがベストな場合もあります。
しかし、一般的には、廃業の前にM&Aを考えてみた方が良いと言われています。それは以下の理由からです。
- のれん代が評価される場合がある
- 従業員の雇用が継続される
のれん代が評価される場合がある
M&Aの売買価格は、会社が持っている機械や土地などの財産だけで決まるわけではありません。大手企業との取引口座や販路、優秀な人材や会社の立地条件などのように、決算書では数値化できないものも金銭的な評価の対象となるため、M&Aを選択すると思っている以上の売却代金となる場合があります。
従業員の雇用が継続される
廃業してしまうと、従業員は全員失業することになります。しかし、M&Aであれば基本的に従業員の雇用は継続されます。したがって、これまで苦楽を共にしてきた従業員やその家族の今後を心配することなく、安心してリタイアすることが出来ます。
まとめ
食品卸売業は72兆円を超える市場規模を持つ巨大産業の一つではありますが、今後は少子化による市場の縮小や消費者のニーズの細分化に対応しなければならないため、業界の再編成は避けて通ることが出来ません。
それを乗り切るためには、積極的にM&Aを活用し、来るべき時を乗り切るための準備を出来るだけ早く始めなければなりません。
M&Aは、買い手にとってチャンスであるだけでなく、売り手にとっても新たな道を切り拓くチャンスです。準備次第で企業価値を高くすることは十分に可能ですから、今から少しずつ始めていきましょう。
事業承継の方法や後継者が決まっていなくても、まずは無料相談が可能です。
お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。