「事業再生ADR制度」とは?利用実績やメリット、利用時の流れまで紹介します

「資金繰りが厳しい…」
「着実にかつ速やかに事業を再生させたい…」
こんなときは事業再生を検討すべきですが、「私的整理」では金融機関の支援が受けにくく、つなぎ融資も難しくなるデメリットがあります。
一方で、「法的整理」を行えば取引先への支払いを止めなければならず、事業の再起が図れない可能性も。

そこでおすすめしたい制度が、今回解説する「事業再生ADR制度」です。

この記事では、法的手続によらずに経営困難な状況の企業を再建する「事業再生ADR制度」の基本情報や利用実績、メリット、利用時の流れまでご紹介します。

「商取引を円滑に続けながら、事業再生を進めたい」という経営者の方は、ぜひご覧ください。

「事業再生ADR制度」とは?

まずは、事業再生ADR制度がどのようなものか、その基本情報や利用実績などをご紹介します。

「事業再生ADR制度」とは?

まず「ADR」とは、「Alternative Dispute Resolution(裁判外紛争解決手続)」の略称で、2007年に施行されたADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)では、次のように定義されています。

  • ADR(裁判外紛争解決手続):訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする紛争の当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続

このADR法によって、民間事業者が法務大臣の認証を受けることで「認証紛争解決事業者」となり、ADR業務を行えるようになりました。

そして「事業再生ADR制度」とは、企業の早期事業再生のため、中立な立場の専門家が「特定認証紛争解決事業者 ※」となり、債権者と債務者の調整を実施する制度です。

過大な債務を負った事業者が、法的整理手続によらずに債権者の協力を得ながら事業再生を図る取り組みで、私的整理手続のひとつ。

2007年度の「産業競争力強化法」改正により創設された制度で、債権者・債務者の双方の税負担を軽減し、債務者に対するつなぎ融資の円滑化を図ります。

(※特定認証紛争解決事業者:法務大臣の認証を受けた「認証紛争解決事業者」のうち、産活法にもとづき一定の要件を満たして、経済産業大臣の認定を受けた事業者のこと)

「事業再生ADR制度」の利用実績

「事業再生ADR制度」の利用実績としては、2020年3月までに81件(253社)の手続利用申請が行われています。

約12年間での実績であり、年単位にすると平均6.75件(21.08社)と、あまり多い申請数とはいえません。

このうち55件(210社)で、私的整理が成立(事業再生計画案に対し、債権者全員が合意)しました。

出典:経済産業省

またこれまでに、次のような上場企業が「事業再生ADR制度」を利用し、私的整理が成立しています。

  • 田淵電機株式会社
  • 曙ブレーキ工業株式会社
  • 株式会社文教堂グループホールディングス
  • 株式会社倉元製作所

「事業再生ADR制度」の認証機関

事業再生ADR制度の認証機関、つまり「特定認証紛争解決事業者」として仲介を行う民間事業者は、現時点では「一般社団法人 事業再生実務家協会(JATP)」が国内唯一となっています。

一般社団法人 事業再生実務家協会
一般財団法人日本ADR協会:事業再生実務家協会の紹介ページ

「事業再生実務家協会(JATP)」は、経済産業省・中小企業庁・金融庁などの後援を得て2003年4月に設立された団体。
弁護士・公認会計士・税理士・コンサルタントなどの会員が、全国に500名在籍しています。

「事業再生ADR制度」を利用するメリット

次に、「事業再生ADR制度」を利用するメリットをご紹介します。

事業再生ADR制度は「法的整理」と「私的整理」のメリットの融合

事業再生手続には、裁判所の管轄下で処理を進める「法的整理」と、裁判所によらず当事者による協議で処理を行う「私的整理」があります。

そして「事業再生ADR制度」は、この「法的整理」と「(純粋な)私的整理」のメリットを融合した制度といえます。

まず「法的整理」のメリット・デメリットは、次のようなものです。

〈法的整理のメリット〉
・裁判所の監督下で進むため、手続きの安定性が確保されている
・債務者の債務免除益、債権者の無税償却といった「税制上の優遇措置」が存在する
〈法的整理のデメリット〉
・公表され商取引債権者なども調整対象となるため、今後の円滑な商取引の継続に支障が出る

同様に、「(純粋な)私的整理」にも次のようなメリット・デメリットが。

〈(純粋な)私的整理のメリット〉
・非公表による当事者同士の調整のため、円滑な商取引の継続が可能
〈(純粋な)私的整理のデメリット〉
・当事者同士の調整のため、手続きが不安定
・債務者の債務免除益、債権者の無税償却といった「税制上の優遇措置」がない

「事業再生ADR制度」は、両者のメリットを融合し、以下のようなメリットを持ちます。

[メリット①]円滑な商取引が継続可能

メリットの1つめは、「円滑な商取引が継続可能」な点です。

「事業再生ADR制度」は、原則として金融機関などの「金融債権者」とのあいだで調整を進める手続きのため、取引先などの「商取引債権者」とはそのまま取り引きを継続することが可能となります。

また民事再生や会社再生などの「法的手続」のように、手続き開始の事実を公表する必要がありません。
非公表のまま手続を進められるため、風評などによる事業価値の棄損を回避することもできます。

[メリット②]手続に安定性・信頼性がある

メリットの2つめは、「手続に安定性・信頼性がある」点です。

当事者だけでなく、信頼できる専門家(特定認証紛争解決事業者)の監督下で行われることで、安定して手続きが進行します。

なお前述のとおり、「特定紛争解決事業者」は経済産業大臣の認定を受けた信頼できる事業者です。

[メリット③]つなぎ融資が確保できる

メリットの3つめは「つなぎ融資が確保できる」点。
この「つなぎ融資」は「プレDIPファイナンス」ともよばれ、以下のような支援策が設けられています。

支援策1:つなぎ融資の法的整理に移行時の優先弁済

手続の開始~終了までに行う「資金の借入れ」は、その借入れが合理的で対象の債権者全員の同意を得ている場合、裁判所は当該事実を考慮したうえで、つなぎ融資がほかの再生債権や更正債権に優先して弁済されることにつき、釣り合いが取れているか判断されます。

これは、手続が法的整理に移行した場合でも同様です。

つまり、つなぎ融資債権の債権カット率が、ほかの債権にくらべ低く抑えられることが期待できます。

支援策2:中小企業基盤整備機構の債務保証(おもに中堅・大企業向け)

手続の開始~終了までに行う「事業継続に必要となる資金の借入れ(つなぎ融資(DIPファイナンス))」は、中小企業基盤整備機構が債務の保証を行います。

支援策3:中小企業信用保険法の特例(中小企業向け)

事業再生円滑化関連保証を受けた中小企業者は、日本政策金融公庫が信用保証協会に対し普通保険・無担保保険・特別小口保険の保険契約をする場合に、債務保証の限度額が、事業再生円滑化関連保証について「別枠が設定される」などの特例があります。

[メリット④]法的整理との連携もできる(特定調停法の特例)

メリットの4つめは、「法的整理との連携もできる」点で「特定調停法の特例」ともよばれます。

「特定調停」とは、裁判所の調停により、支払い不能のおそれがある債務者が負う金銭債務について、利害関係の調整を行う制度。

通常は裁判官1人と、法律・税務・金融などの専門家(民事調停委員)2人以上で組織される「調停委員会」によって調停を行います。

ですが、債権者会議で一人でも不同意があり「特定調停」に移行した場合、裁判所は事業ADR手続が実施された点を考慮して、「裁判官だけで調停する」ことの相当性を判断。

この特例措置によって、簡易迅速な再生が期待されます。

[メリット⑤]税制上の優遇措置を受けられる

最後のメリットは、以下のような「税制上の優遇措置を受けられる」点です。

優遇措置1:債務者の債務免除等による債務免除益等及び資産の評価損益

「事業再生ADR制度」での資産評定による評価益・評価損は、法人税課税対象となる所得の計算上、それぞれ益金算入・損金算入することが可能。

また、上記の適用を受ける場合には、「期限切れ欠損金」を「青色欠損金」などに優先して控除できます。

優遇措置2:債権者の債権放棄等に伴う損失

策定された事業再生計画により債権者が行う「債権放棄」などは、原則として、「合理的な再建計画に基づく債権放棄等」のため、損失を税務上損金算入することが可能です。

 

「事業再生ADR制度」利用時の流れ

記事の最後に、「事業再生ADR制度」を行う流れをご紹介します。

[流れ①]債務者がADR機関に制度の利用を申請する(事前審査あり)

まずは、債務者が「ADR機関(特定認証紛争解決事業者)」に制度の利用を申請します。

前述のとおり、現時点では「特定認証紛争解決事業者」は「事業再生実務家協会(JATP)」のみですので、JATPに申請。

なおJATPでは、「企業の規模・業種」による制限は設けていませんが、次の事業者は対象としていません

  • 個人事業者
  • 経営が窮境に瀕し相談に来る企業(資金繰りに瀕し、対応に急を要する企業)

さらに、「事業価値があり、債権者からの支援で事業再生の可能性がある企業だけが、この手続を利用できる」と案内しています(事業再生ADR活用ガイドブックより)。

そこでJATPでは事前審査を行い、「申込みを受けつけるかどうか」を判断します。

このようにすべての企業が「事業再生ADR制度」を利用できるわけではありません。
ADR制度の利用を検討するときは、まずは早めにJATPにご相談ください。

一般社団法人 事業再生実務家協会

[流れ②]ADR機関が一時停止の通知を発出

次に、認証紛争解決事業者が債務者と連名で、債権者に対し「一時停止の通知」を発出します。

「一時停止の通知」とは、債権の回収、担保権の設定や破産手続、再生手続、更生手続、特別清算の開始などの禁止を求める通知のこと。
そのうえで、債務調整の話し合いに参加してもらうよう呼びかけます。

なお、ここからの流れは「私的整理に関するガイドライン 」と似ており、「一時停止の通知」を出した時点で、私的整理手続きが開始されたこととなります。

「一時停止の通知」により、債務者には事業再生計画の策定・調整終了までの時間的余裕を確保できるというメリットが。

また、融資に関する保証の特例によって、前述の「つなぎ融資(プレDIPファイナンス)」を円滑に行うことができます。

債権者側のメリットとしては「一時停止に従うことで、法的整理を行う以上の債権回収が期待できる」点が挙げられます。

[流れ③]計画案説明の債権者会議を開催

前項の「一時停止の通知」の発出から原則2週間以内に、事業再生計画案の概要の説明のための債権者会議を開催します。

債権者会議では、債務者が資産や負債の状況、事業再生計画案の概要を説明。
質疑応答や債権者間の意見交換を実施し、議長や手続実施者を選任します。

一時停止の具体的内容と期間、次回以降の債権者会議の開催日時と開催場所についても決議します。

「手続実施者」とは、「債務者と金融機関との和解の仲介を実施する」という形で手続きに関与する者です。
JATPのリストから選任された者が、会議で全員一致となれば「手続実施者」に就任します。

 

[流れ④]計画案協議の債権者会議を開催

次に、事業再生計画案の協議のための債権者会議を開催します。

手続実施者が、事業再生計画案について「公正かつ妥当で経済的合理性を有するか」といった意見を陳述。

なお、事業再生計画案の作成をJATPが手伝うことはありません。
JATPはあくまで、中立・公正な立場から和解を仲介する機関だからです。

そのため債務者は、事業再生計画案の作成や資産査定については、JATPとは別に弁護士などの専門家への依頼が必要となります。

[流れ⑤]計画案決議の債権者会議を開催

最後に、事業再生計画案の決議のための債権者会議を開催します。

ここで事業再生計画案について決議をとり、同意状況によって次のように結果が異なります。

  • 全員が同意した場合 → 私的整理の成立(計画の実行へ)
  • 一人でも不同意がいた場合 → 特定調停、法的整理に移行(会社再生、民事再生など)

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「事業再生ADR制度」の利用にかかる費用と期間

JATPの事業再生ADR活用ガイドブックによれば、「事業再生ADR制度」の利用にかかる費用は、次の4段階が設定されています。

  1. 審査料
  2. 業務委託金
  3. 業務委託中間金
  4. 報酬金

審査の申請を行う際には、一律50万円(消費税別途)の審査料が必要。
それ以外の費用は、「債権者数」と「債務額」に応じて、事案ごとの金額が設定されます。

また「事業再生ADR制度」の利用にかかる期間としては、「一時停止の通知」を発送してから(流れ②)、事業再生計画案の決議まで(流れ⑤)、約3ヶ月程度が目安です。

まとめ:「事業再生ADR制度」を活用して事業の立て直しを

この記事では、法的手続によらずに経営困難な状況の企業を再建する「事業再生ADR制度」の基本情報や利用実績、メリット、利用時の流れまでご紹介しました。

ぜひ記事を参考に、「事業再生ADR制度」を活用して、事業の立て直しにつなげてください。

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